こんにちは、おっこちゃんです。

 

さっそくですが、シニアを考えるとは、どのような行為なのかということについて書いてみます。

 

僕は、若い頃は、小説家になりたくて、いろんな本を毎日読んでいました。

 

僕に多少でも知識があるとすれば、その多くは本から得たものといってよいと思います。

 

読書よりもはるかに多くの時間を仕事に費やし、そこで得たものも、
もちろんありますが、自分の行動や思考が何に根ざしているのかと考えると、
やはり読書の経験だと思っています。

 

それにしても、この頃、全く本を読まなくなりました。
ぜひ復活させたい習慣が読書ですが、どうなることやらと思っています。

 

さて、シニアを考えるとはどのような行為なのかということについて、考えてみましょう。

 

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ざっくりと年齢でいって、50代~70代ぐらいをイメージしているのですが、
一般的な考えでは、仕事盛りをすぎて、それまでの仕事で老後に心配が
ない場合とある場合とで少し違うとは思います。

 

ここでは、物事を純粋にとらえるために、ひとまずは経済的な問題は
置いておいて、とりあえず食べることには困らない状態であると仮定します。

 

そうすると、僕にイメージできることは、将来に向けての成功とか
ビジネスとかではなく、大きくいえば、人生の目的、
人生の精算に向けての重要な時期なのではないかということです。

 

体力的にも衰えてきますが、脳の状態をみても、最近起こったことよりも、
より原体験にちかい幼年時代や少年時代の記憶がむしろ鮮明になってきます。

 

僕は、世間的な成功・失敗に関係なく、誰でも実現できなかったことのほうが、
実現できたことに比べて、圧倒的に大きくあるのではないかと推測します。

 

孫ができて、異常にかわいがるのも、このことと無関係ではなく、自分の
できなかったことが、圧倒的に若い自分の血を引いた人間の出現により、
自分のできなかったことを託すという思いがあるように思います。

 

つまり、いささか乱暴な仮説にはなりますが、シニアが幼年時代や
少年時代を思うことと、孫を思うこととは同じところに発しているのでは
ないかと考えています。

 

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人間は、歳を重ねることで成長し偉くなっていくというのが幻想であると
気づくのもこの頃です。からだが弱っていき、オムツに頼るようになって
愕然として幼児化するお年寄りを僕はみています。

 

またアルツハイマーになったり、痴呆症になったり、病気で寝たきりに
なったりして、家族が、その方の人格を通してみているのではなく、
意思疎通ができないモノとして見るようになってしまうのは、とても
不幸なことです。

 

以上のことを、ざっくりと僕は考えています。

 

そして、一人でも多くのシニアの方に、ソクラテスの言った意味で、
より良く生きて欲しいと心から願っています。

 

僕のやりたいことは、シニアを対象としたビジネスで
お金を稼ごうということではありません。
それは、そのことでシニアの方が一人でも幸せになれるのであれば、
良いことだとは思いますが、それはむしろ結果であって、
シニアが本当に生まれてきて良かったと心から思える経験を
していただきたいのです。

 

そして、できればアクティブシニアといわれる、パソコンの
簡単な操作が出来る方々を対象として、アフィリエイトで
情報を発信してお金を稼ぐことを教えたり、将来的には
シニアが活発に交流できる企画を考えて実行したりすることを
一緒にプロデュースできればと思っています。

 

また交流にしても、会話にしても、若い世代の方々と何ら変わらず、
また世代を超えて意見の交換をしたり、友達になったりできれば、
そのきっかけが作れれば、どんなにすばらしいことでしょう。

 

そして、今やこのインターネットの環境があれば、それを実現することは、
決して難しいことではないと思います。

 

まずは、ネットでの活動になりますので、パソコンを使わないシニアの方々は、
残念ですが、対象になりえません。

 

しかし、一つでも目覚しい活動が実現でき、世の中に評価されれば、
それがきっかけになって、新たな人たち、その中にパソコンと全く
縁がなかった人も入って来てもらえるのではないかと考えています。

 

もし、シニアビジネスを現在お考えになっていて、僕のこうした考え
(かなり甘い部分はあると思います)に共感いただける方がいらっしゃれば、
ぜひご連絡いただければと思っています。

 

お読みいただき、ありがとうございました。