シニアの夢

 

こんにちは、おっこちゃんです。

 

今日は、ブログ書く意味について、書きます。

付随して、ブログ書けないことについても書きます。

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先手を打って先に言い訳すると、僕は7月の終わりから、
母の突然の発病と入院、そして、母の死、そして葬式と
他人から見ればなんでもないことですが、僕にとっては、
初めてのことばかりで、オンタイムでブログ書くほど
器用な人間ではないため、結局長い間、ブログを更新
出来ませんでした。

 

この2ヵ月近くのブランクについては、すごく後悔と反省を
していて、今は、今後なにがあっても、ブログを書くことは
絶対にやめないと誓っています。

 

僕は、これでも僕を信じてついてきてくれている数少ない
「生徒」に対して、とにかくブログの更新を最優先するように
何度も何度もいってきています。

 

その僕自身が、こうしたことでは、生徒にも申し訳ありません。

 

僕は、これから死ぬまで、毎日ブログを更新し続けることを、
ここに誓います!

 

僕は、ブログ書く上での質と量とでは絶対に、
誰にも負けないつもりです。

 

まずは、何がなんでも記事を書くことが最優先なのです。

 

たとえ発信できなかったとしてもです。

 

たとえ、体裁がひどい、おんぼろブログであってもです。

 

なぜなら、パソコンがなくてもブログビジネスは出来るからです。

 

なぜかって?

 

紙に書いて、入力を誰かにお願いすればできるからです。

 

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しかし、僕は、ここで改めて、「ブログを書く意味」について、
自分に問いかけてみたいと思います。

 

ただ、質と量をともなったブログを書けといわれても、人間は、
意味のないことをすることに非常に苦痛を感じる生き物であると
思うからです。

 

従って、この「ブログ書く意味」について考えることは、
最重要なことではないでしょうか。

 

ネットビジネスを教えている方のなかには、そんなことは
当たり前と考える方もいれば、書いているうちに意味が
でてくるので、考える必要はないとおっしゃっている方も
いると思います。

 

これは、一理あるとは思いますが、少なくとも僕の場合は、
一度、「ブログを何のために書くか?」という疑念が、
生じた以上は、そこにある一定の結論をくださないと
一歩も進めないのです。

 

つまり、避けて通れない問題であるので、考えるしか
ないのです。いや、むしろ徹底的に考えるべきなのです。

 

ブログアフィリエイトを教える方が必ず直面する問題は、
「なぜ生徒の方々は、行動しないのか。どうしたら行動
してくれるのか。」という問題ではないでしょうか。

 

この場合の行動とは、ブログ書くことと思ってください。
(ツールの購入とか塾やセミナーに参加することという
意味もあると思いますが、あえてブログ書くことに
限定します。)

 

特に、夢中になってがむしゃらに突き進んだ結果、
成功した方々にとっては、ブログ書けないという
悩みがわからない方も多いのかもしれません。

 

しかし、ブログ書けないという悩みは厳然として
存在します。

 

僕のブログを休んだ2ヵ月についていえば、毎日、
ブログを更新しなければ、ブログを更新したいという
思いがありながら、いざやろうとすると、疲れてしまい
そのままになっていました。

 

その状態は、軽いうつ病のようでもあり、単純に、
明日やればいいや、とか、一手寝てからにしようとか、
「思いついたらすぐやる!」というビジネス上も
重要な鉄則に反したものでした。

 

そんな日々が繰り返されるうちに、おかしなことに、
「ブログを書かないでも生きていけるんだ」という
不思議な感覚が生まれました。

 

僕は、ネットビジネスを始める前のように、パチンコや
ネット麻雀に逃避したりしました。

 

また明日やればいいやと思いながら。

 

しかし、僕は今日、またブログを書き始めました。

 

作家のかたは、充電時間も大事であるといったりします。

 

でも、僕は休んだ2ヵ月が充電時間とは到底思えません。

 

それは、死のように、単に休眠して時間だけが無駄に
過ぎただけです。充電して力強く復活するというような、
いいものではありません。

 

それに、僕の人生を考えると、充電期間がありすぎました。

 

過充電が、電池の機能を低下させるように、ありすぎる
充電期間は物事を荒廃させるだけだと思っています。

 

つまり、僕にとって、書かない理由はどこを探しても
ありません。

 

書く理由はあるかもしれないし、ないかもしれません。

 

一方で、何を書いたらいいのかわからないという方も
多くいらっしゃいます。

 

実際にはそのような方が大多数を占めているように
思えます。

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人間を大別して、発信する側の人と、受信する側の人に
わけるという考え方もあり、これは実際の発信者の
割合を見れば正しいと思います。

 

しかし、何がその受信側と発信側をわけているのか、
何か先天的な理由があるのかないのか、などについては、
よくわかっていないと思います。

 

この辺で、一旦まとめなければなりませんが、ここは、
非常に重要なポイントだと考えます。

 

この問題について、僕の結論は、受信側と発信側の
人間に違いなど全くないということです。

 

もし、偶然にもこれを読んでいる方が、何を書けばいいか
わからないという悩みをお持ちでしたら、それは、おそらく
とっかかりの部分での不適合が生じているにすぎないのです。

 

それは、ある程度、習慣で埋めることは可能なので、
初めのうちは、苦痛であっても我慢して、ある程度
無理やり書いていくことも必要かもしれません。

 

テーマの選択とか、そうした小手先の問題ではなく、
無理やり書くことで、文章を書く楽しさをつかむしか
ないのです。

 

もし、あなたが書くのは苦手だけど友達と話すのは
問題ないとかであれば、友達と話すように書く、
もしくは、スマホをお持ちであれば録音して書くなど
自分にあった書く環境を試してみてください。

 

人はパンで生きるのでなく、言葉で生きていることを
信じてください。

 

つまり、ブログ書くこととは、あなたの生きる意味、
そのものなのです。

 

それを僕は今、信じているし、あなたの幸せの為に、
あなたにも信じていただければと思います。

 

結局、月並みになりましたが、
「信じる者は救われる」
といったところでしょうか。

 

なお、嫌なブログというものが目について、
ああはなりたくないなとか、恥ずかしくないのかな、
とか思って先入観を作ってしまっている場合も
あるかもしれません。

 

実際に、ネット上で見かける文章の多くは、
コピペやリライトで書かれていて、文章が
書けない人にリライトを進めている方もいます。

 

リライトは、よいブログを学ぶためであれば賛成です。

 

しかし、単に記事を量産するためのリライトであれば、
やめてください。

 

それこそ、苦痛以外の何物でもありません。
まだ、割り切ってリライトツールでも使った方が
ましです。(僕はリライトツールは推奨しません)

 

ブログ書くことですらないので、いずれ、あなたは
ブログ書くことをやめてしまうでしょう。

 

僕が最も推奨するのは、ブログを通じて、あなたが
何者であるかを追求していくことです。

 

何故あなたはそう考えたか

何故あなたはそう感じたか

何故あなたは嬉しいのか

何故あなたは悲しいのか

 

こうした何故を強く意識して、それを読者に伝え、
感動を与えてください。

 

僕も、僕の空白の2ヵ月の出来事、つまり、母の
発病、入院、看病、その間に思ったこと、トラブル、
死、葬式など一連の出来事を、これから書いていきます。

 

そして、それを書くことで、僕が今、観えていないことが
観えるであろうことを予感しています。

 

もし少しでも読んだ方に感動を与えられれば、
それは、僕の独りよがりな個人的な記録ではなく、
誰しも同じようにあるように、あるいは無くても
追体験できるようなものだからだと思います。

 

そうでなければ、フェイスブックなどで単に食事の
自慢をしている方々と同じということになります。

 

ということで、最強のブロガー、おっこちゃんの
決意表明とお読みになった方への応援を
込めて、今回書きました。

 

もし最後までお読みいただいた方がいらしたら、
心から感謝いたします。

 

by Okkochaan