このところの国会議員の不祥事への対応で、僕がどうしても納得できないことがある。

 

 

それは今井絵理子議員と中川俊直議員のことである。

 

 

僕は、今井絵理子も中川俊直議員も反省ではなく議員辞職すべきだと思っている。

 

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中川氏は「自分自身、楽になるために議員辞職すればいいんじゃないかという思いもあった。ただ、生き恥をさらしてでも、今後も国のため、地域のために仕事をしていこうと思った」と決意表明。

 

 

今井絵理子議員は、二人でホテルでパジャマ姿で勉強会をして「一線は越えていない」とわけのわからない発言をしている。

 

 

わけのわからないというのは、一線を越えているかどうかはどうでもよいからで、場違いな発言と僕はとるからである。

 

 

それぞれ国会議員になった経緯は異なるけれども(ちなみに中川俊直議員の父親の中川秀直氏はたたき上げの政治家である)この2人には共通する点がある。

 

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【今井絵理子議員と中川俊直議員の共通点】

 

 

それは、不祥事についてのとらえ方が共通しているのだ。

 

まず、二人とも、やってしまったことが「まずいこと」と認識しているらしく、「反省」をしている

 

そして、「反省」をして、これからは誠心誠意、国会議員としての職責を果たそうと公言している

 

 

その根拠としては、中川氏には父親から(正確には祖父かもしれないが)受け継いだ地盤があり、父親の秀直氏が政治家の世襲制に反対する考えがありながらの経緯については、よくわからないけれども、地盤を継いだということは、父親との関係で、父親が成したと同じような期待を持たれていたということがある。

 

 

対して今井絵理子氏については、その知名度で「政治はこれから勉強します」と公言していても、そのアーチストとしての活動での世界観に共鳴する人たちが応援していたわけである。

 

 

僕は、この2人の出自が上記のように異なるからと言って、根本的な違い(例えば中川氏には親の七光りがあるけれども今井氏にはないとか)を言うつもりはない。

 

 

どちらも、父親とかこれまでの活動とかからくる期待を持った支持によって国会議員になったことに変わりはない。

 

 

 

 

【何かが根本的にずれている、あるいは決定的に足りない】

 

 

このお二方からは、国会議員になっての使命感というものが全く感じられない。

 

 

不倫がいけないとか言っているのではない。重婚は犯罪なので別かもしれないが、どちらの場合もばれてしまってから形だけ「反省」し、「これからは誠心誠意しっかりやるので許して欲しい」と言っているとしか思えない。

 

 

中川俊直議員に至っては、坊主頭にして反省の意をあらわすという中学生レベルの意識の低さは救いようがないと思ってしまう。

 

 

今井絵理子氏の「一線を越えていない」にしても同じレベルの低さである。

 

 

結局、国民の一人としてみれば、国会議員という既得権益である特権階級の地位に恋々としがみついているだけとしか思えないし、その程度の意識で何か期待できるとは到底思えない。

 

 

「反省」して、それが仮に「土下座」であったとしても、それが許されるほど国会議員という地位は軽いものだろうか。

 

 

 

たぶん、しがみついてでも死守したいほど国会議員というステイタスは魅力なのだろう。

 

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政策についての意見の違いは当然生じるとしても、また所属する政党や派閥の意見を無視できないことも当然あるとしても、どこかに一点でも自己の明確な理想とか主張とか具体的な政策目標とかあれば、むしろそのことが強いモチベーションとなり議員を辞めるわけにはいかないという強い意志のベースとしてあるべきではないだろうか。

 

 

そして、残念ながら、僕にはこの二人にそうした使命感のようなものが全く感じられないのである。

 

 

 

結局、二人とも国会議員に受かったから、それである程度の成果を上げて、次回も当選を果たし、少しずつでも政治の世界でのしていきたいという、いわば、一般的に会社に就職したサラリーマンの意識とさして違わない程度の意識しかないのではないだろうか。

 

 

 

だから、僕は、二人に安易に「反省」なんかして欲しくないし、使命感もなにもないのであれば、即刻、議員辞職をして欲しいと思っている。それが大人の責任の取り方だと考えている。

 

 

 

また二人とも、異性との交際が契機になっているのだから、それについての意見も、ただ「反省」のみでは何も伝わってこない。

 

 

 

そもそも、彼らが行った何がいけないのか、不適切な行為であったとしても、反省すべき点はどこにあるのか全くわからない。

 

 

 

むしろ、自由恋愛を主張すればよいのではないのか、その方がこの停滞感のある現在の社会に活気を与えてくれるかもしれない。

 

 

だとすれば、むしろ二人は「良いこと」をしたのではないのか?

 

 

二人とも、国会議員として自分を選んでくれた方々やその他の国民の役に立つために誠心誠意頑張りたいと本気で思っているのだろうか。

 

 

おそらくは、本気で思っていると当人たちは思い込んでいるに違いない。

 

 

でも、それは本気ではないように思える。

 

 

「頑張りますはいらない、結果だけ欲しい」と一般社会では言われることが当たり前である。

 

 

もしかすると、それが出来ずに、例えば会社で注目を集めるような活躍が出来ないから、突然退職することでびっくりさせてやりたいと考えるような、つまり仕事では勝てないから退職で驚かせるという発想と同じレベルでスキャンダルを起こしてみましたとかいうのが真相であるとすれば、これほど国民を馬鹿にした行為はないと言える。

 

 

ある方が、今井絵理子氏について恋愛を貫くか政治家を辞めるかの二択だとおっしゃっていたれども、そんなアドバイスすら与えるに値しないように僕には思えてならない。

 

 

僕は期待していないけれども、万一ということもあるかもしれない。

 

 

つまり万一とは、「反省」が花を咲かせて、実際にいい仕事をするということである。

 

 

20170729 by okkochaan