こんにちは、おっこちゃんです。

 

これは、僕がブログを始めた2013年の9月に書いた記事に若干手を加えたものです。

 

神戸製鋼の不正な検査データの事件で、日本のモノづくりが危機に陥っているといわれていますが、こんな時こそ、創業のころの必死さを考えてみてもよいのかなと思いました。

 

ちょうど、その記事を載せたブログをやめようと思っているのですが、今でもアクセスしていただくので、こちらにシフトさせていただきました。

 

豊田英二氏がお亡くなりになったのは、2013年の9月17日で、すでに4年もたっています。

 

100歳でなくなり、そのお悔やみの言葉で豊田英二氏、ひいては世界のトヨタの偉大さ、日本の戦後経済を牽引してきた自動車業界の重要さをあらためて感じます。

 

地元の愛知県豊田市や業界関係の方々はよくわかっているのかもしれないのですが、一般的に、豊田家については、あまり知らない方も多いのではないでしょうか。

 

トヨタ自動車は2009年から2010年に北米や日本で行われた大規模リコールで豊田章男社長の米国議会での謝罪会見で初めて顔を見た人も多かったと思います。

 

要は世間一般では、豊田家については、あまり知らない人も多いと思います。

 

そこで私も初めて家系図を見てみました。家系図は検索するとすぐに出てきます。

スポンサードリンク

 

家系図をみて、いくつか驚いたことがあります。先ず、豊田英二氏が5代目の社長であったことがひとつです。創立者である豊田喜一郎の右腕でありながら、なんで5代目なのかとか、「中興の祖」といわれているのは何故とかです。

 

中興の祖は、「トヨタ生産方式」の確立やGMとのアメリカでの合弁生産によりグローバル展開の礎を築いたという意味もありますが、豊田家家系図によると、創立者の豊田喜一郎は2代社長(始祖はその父の佐吉)とあり、3代4代社長は豊田家でないので、豊田家の中興といわれているんですね。

 

ちなみに、6代7代は豊田家から社長が出ていますが、その後また空白になり、現社長の豊田章男氏は11代社長です。

 

豊田英二氏はその、章男社長の父である豊田章一郎氏の後見人として帝王学を教えたといわれています。

章一郎氏が6代目社長で、英二氏を引き継いでいるので、わかりやすいですが、息子の章男氏まで、間がかなり飛んでますね。

 

豊田家の人々という物語でもいずれでるかもしれませんが、庶民の感覚からすると雲の上のような一族に思えますし、豊田章一郎氏は世界の富豪ランキングにもはいっていますが、実際に豊田英二氏とはどのような人物だったのでしょうか。

 

【豊田英二氏の名言】

 

ここでは、豊田英二氏の語録からお人柄を推し量りたいと思います。

 

語録全11件から、心に残った語録を抜粋させていただきます。

 

「機械的に考えるのではない。乾いたタオルでも知恵を出せば水が出る」

 

「モノづくりができなくなるような国はつぶれてしまう」

 

「モノの値段はお客様が決める。利益はコストの削減で決まる。コストダウンは、モノづくりを根本のところから追求することによって決まる」

 

しつこいので、このくらいにしますが、いいこと言ってますね。

 

特に、「モノづくりができなくなるような国はつぶれてしまう」というのは、現在の日本にとって重要な指摘だと思います。

 

豊田家全体に感じるのは、「質実剛健」という言葉です。

スポンサードリンク




【本田宗一郎氏の名言】

 

さて、ここで、どうしても比較したくなるのが本田宗一郎の言葉です。

 

「失敗もせず問題を解決した人と、十回失敗した人の時間が同じなら、十回失敗した人をとる。」

「社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。」

「日本人は、失敗ということを、恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである。」

 

語録とか名言とかは、その言葉が与えるインプレッションが大きい面がありますが、その点では、本田宗一郎氏の言葉は読んでいてまさに「痛快」という気持ちになれるので、本田宗一郎氏の言葉の方に魅かれる方も多いと思います。

 

しかし、この質実剛健の英二氏の言葉は、じわじわとくるものがありますね。

 

最後に、一言ですが、この度いろいろ調べていて、豊田英二氏が100歳でお亡くなりになり、一部巷では100歳まで生きれば大往生だ、といっている声を聞きました。

 

豊田英二氏の残した業績と100歳という年齢を考えると、確かに世間一般的にはそう考えます。

 

大往生ということで自分に納得させるという意味では理解できるのですが、100歳まで生きたのだから十分だろうという意味でおっしゃる方がいます。

 

ですが、それは、100歳ということで、100歳だともう人生でやれることはないとか、限界を引いているのは、ほかならぬ、そうした発言をされている方々が自らについて思っていることです。

 

少なくとも仕事や生きることに真摯に向き合った豊田英二氏や本田宗一郎氏にとって、年齢などそれこそどうでもいいことだったと思います。

 

逆に、年齢でなにかしかの規定をしてしか物事を考えられない方は30歳で死のうが、80歳で死のうが大差ない人生を送ってしまう可能性は高いのではないでしょうか。

 

まさに僕がそうですが、ほとんどの人間は、「酔生夢死」で人生を終えるし、それを否定するものは何もないと考えています。

 

長々とありがとうございました。

 

20171116 rewritten by okkochaan