こんにちは、おっこちゃんです。

 

今日は12月31日、土曜で公務員はとっくに御用納めになっているかと思いますが、電通については厚生労働省が妙に力を入れていますね。

 

今日の朝のニュースでは、電通では残業過少報告常態化している疑いがあるとのことで残業代の不払いの疑いでも電通を立件する方針を固めたそうです。

 

この仕事をしている厚生労働省の方は、しっかり残業をつけているのでしょうか。それとも管理職という名目でつけられないのでしょうかと、その点も気になっています。

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僕はこの高橋まつりさんの自殺に始まる一連の電通の事件は、日本の労働環境を考えるうえで極めて重要だと考えているし、政府与党と労働基準局の動きは、一致しておらず面白くみえるので、しばらく追いかけていこうと思います。

 

僕は、最近、以下の記事を書きました。ここでは、あのホワイトカラーエクゼクションを誰も話題にすらしないこと、与党と野党が労働時間について出している法案の名前が、たった1文字違いであることなど、あまり人が言わない点に着目しているつもりです。

 

電通の高橋まつりさん過労死の真の問題

 

結局、あの高橋まつりさんにしても、実際は105時間の残業をしながら70時間までしかつけていなかったらしいですが、これはつけられなかったということだと思います。

 

それにしても、このニュースはいまさら感があるのですが、ここに潜む問題は決して小さくありません。

 

何故なら、この残業を希少報告するということは、多くの会社で常態化していると推測されるからです。

 

実際、人材派遣の仕事をしていると、その派遣先の会社の【常識】である残業の希少報告をさせようとし、帰属意識のない派遣社員は納得しないという構図がしばしばみられました。

 

細かな話と思われるかもしれませんが、派遣の仕事を紹介する際に、「その会社では朝礼があるのか」「社員の方は何時に出社しているのか」というのは重要なチェックポイントの一つです。

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何故なら、例えば始業時間が9時である場合でも、社員のほとんどが8時半までには出社しているという職場は実際に多く存在し、その場合の社員のかたの就業開始時間は当然のごとく9時となるわけです。つまりこれも残業の過少報告なのですが、派遣社員は別だから9時でかまわないという場合もあるし、何もいえず社員が8時半に出社しているから周囲とあわせて自分も8時半に出社し、勤務記録は9時からつけるということが実際にあるわけです。

 

この場合、9時から出社すれば派遣社員は補助的な役割、もしくは一時的なカバーだからとお互いに割り切った関係であれば問題ありませんが、8時半が実際上、不作為の作為で半強制のような状態であれば、当然不満が出ます。それなら、実時間で8時半から記録すればいいわけですが、そうすると企業側に釈然としない気持ちが残ります。

 

企業からすれば、労働時間の対価(サービス料金)として、時間当たりの契約金額を派遣会社に消費税をつけて支払えばいいわけですが、本来は成果に対する報酬として支払いをしたいところだと思います。

 

単純に考えて、仕事ができないために残業をした人のほうが、仕事ができるので残業をしていない人よりも収入が多いというのは理屈に合わない面があり、特にお金を支払う企業としては派遣社員や派遣会社の質を問いたくなるところです。

 

わかりやすくするために、時間で働く派遣社員の場合を例にとりましたが、これは社員であっても同じはずです。

 

この、なんとも釈然としない数値化しずらい面、いいかえれば、成果と労働時間が直接的な関連性をもたないところがクリアーにならないために問題が生じているように思います。

 

派遣社員の場合は、拘束された時間に対する対価を受取り、その派遣社員の仕事の質が評価できなければ、企業は契約を更新しなければいいし、派遣社員も更新しなければいいわけです。また稀なケースですが、派遣会社が契約を更新しない場合もあっていいわけです。

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しかし、社員となれば事情は異なります。例えばその8時半出社について、納得できなければ、会社に見直しをしっかりと求める必要があります。その必要はありながら、その他の要素、出世や評価を気にして言い出せなかったり、100%会社に貢献しているかと聞かれれば自信をもってYESと言い切れる人が少ないとかの理由で、結局何のアクションも起こさない場合がほとんどではないかと思います。

 

「大過なくサラリーマン生活をおくりたい」、そう思う気持ちを一体だれが批判できるでしょうか。

 

結婚をし子供がいたりすればなおさら直ぐに動いてのリスクは避けたいと考えることと思います。

 

僕は、こうした個々の事情を何かの形でしっかり変えないことには、同一労働同一賃金についても、100人いれば100人の意見がでてまとまらないだろうと思います。

 

そもそも何をもって同一労働とするのか、という事です。

 

労働時間の短縮に成功したドイツの例をみると、残業時間を厳しくし、残業が多かったり休暇が取りづらかったりする企業には優秀な人がいかなくなり、そうなると企業の存続すら危うくなるので、労働時間の管理については、重要事項としての認識が徹底しているため実現できたとのことです。

 

ただ、日本においては、長時間労働を美化する思考がまだまだ根強いのも事実なので、この問題は根気よく取り組まなければならないでしょう。そして、それは国が主導でやるべきことでもないのかもしれないと思っています。

 

仕事が出来る人ほど労働時間が少ない、つまり、残業を常にしている人は仕事ができない人、仕事以外に趣味とか生きがいを持たない人は人間として魅力がないとか、そうした考え方を仕事の実質を伴って過半数が占める国民と、そうでない国民との隔たりは大きいと思います。

 

20161231 by okkochaan