憲法改正世論2018
引用: https://headlines.yahoo.co.jp

 

今日は、憲法改正についての記事が出たので、これについてちょっと触れてみたいと思います。

 

自衛隊の存在を明記する憲法改正について、報道各社が今月実施した世論調査の結果が分かれた。安倍晋三首相は昨年5月、憲法9条第1項(戦争放棄)と第2項(戦力不保持)を維持したうえで明記する案を提起したが、世論の理解は必ずしも進んでいない。

 

僕は憲法改正を考える前に、AIに情報を投入して改正内容とか改正しない場合とかのシミュレーションを議論をひとまず置いて行ってみてはどうかという意見です。

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【憲法論議には夢がなさすぎる】

そもそも、この憲法改正については、まずは改憲派か護憲派で識別され、さらにこうした改憲とか護憲とかで論議することは、もはや意味がないといった「悟ったらしい派」とかがあるように思います。

 

僕が思うに、国民の大多数は憲法改正なんかに興味を持っていません。

 

そんなことより、日々の生活をなんとかやっていこうと頑張っている人が多数いて、多少の経済的余裕があり、政治的には右でも左でもどっちでもいいけど、脅威になるようなこととか新しいことは嫌う人たちがいると思っています。

 

一方で憲法改正を勧めたい現政権は、憲法の縛りから逃れたいという与党であればある意味当然の欲求に従っているだけです。

 

では、護憲派はどうかというと、戦争の恐ろしさ残酷さを骨身にしみて味わい、本心から戦争放棄を望んでいる方々はだんだんと少なくなってきていると思われます。

 

最近は立憲民主党が躍進していて、立憲主義をなんとか日本に根づかせたいと努力なさっているように思います。

 

ですが、立憲民主党の最大の困難は、日本には実はかつて立憲主義はおろか民主主義すら根づいたことがないという事実です。

 

これは、いみじくも、最近の国会運営で暴露されてきたことではないでしょうか。

 

憲法は権力に対して制約を与えるという重要なミッションがあるので、夢を持てというのは違うと思われるかもしれませんが、現憲法の序文には実に美しく輝かしい理想を目指す国民としての日本人が位置付けられていて、非常に夢があるものだと考えています。

 

従って、憲法改正を考えるには、最低でも現憲法の理想を超える夢と高い目標をかかげるべきだと僕は考えますが、その大事なベースの部分についての論議もほとんどなく、現憲法を凌駕する内容はお目にかかったことがありません。

 

そうすると、憲法を利用しやすくしたい人が、利用しやすく変えようとしているに過ぎないとしか思えず、内容は現憲法を凌駕するどころか、劣化したものとしかいえないと思っています。







 

なお、現憲法を日本語としておかしいとか、与えられたものだからという理由で否定しようとする方々がいらっしゃいます。

 

ですが、僕は、その方々の日本語能力を初めに疑ってしまいます。

 

確かに現憲法は外国からの翻訳文のような文脈があることは事実ですが、だからと言って、美しい日本語でないという理由には全くなりません。

 

そもそも言葉の美しさは、言葉自体の音感や調子からくる美しさもありますが、内容によってより輝きをます美しさがあるのです。

 

このために、例えば異国で片親が日本人である子供が父・母の国を思って、片言の日本語で書いたり話したりすることに感動したりもするのです。

 

総じて夢がない憲法改正論議、だから世論調査でも、一番多い回答は「よくわからない」なのです。

 

「よくわからない」とはすなわち、興味がないということです。

 

だから、僕は、憲法改正を語る人がいれば、その話に夢があるかどうかを第一段階での判断基準にしています。

 

もしそこで、夢を感じなければ、その先はつまらない話に決まっているからです。

 

ですが、日本人はとかく抽象的な話とか理想論とかを語ることが苦手だし、この論議はまさにその夢が欠けていることが露呈していると思っています。

 

【AIにシミュレーションさせたらどうか】

 

仮に憲法を改正した場合、改正箇所に応じて、どのような展開が予想されるかをAIでシミュレーションさせることは有効ではないかと考えています。

 

憲法もそうですが、実は法案のほとんどについて、こうした手続きを必須とするべきではないでしょうか。

 

それによって決定させるということではなく、それによって、権力が間違った方向に進んでしまうことを防ぐことが可能かもしれないと考えるからです。

 

また、国会議員の数も減らせるだろうし、選挙とかでもネットを使って瞬時に決着をつけることだって可能になると思います。

 

当初はネット投票で決められることを下層部分だけでスタートさせ、問題点を乗り越えながら徐々にレベルを上げていけば、国会議事堂も街の公民館程度のサイズで十分になる日も遠からずくると思っています。

 

20180124 by okkochaan