憲法記念日にも書きましたが、僕は憲法については、いづれは見直す時が来るのかもしれませんが、現段階では不要と考えています。
そして、特に現在の安倍政権下では、絶対に変えて欲しくないという意見です。
このあたりのことを、より正確に述べておいたほうが良いと思い、再度書こうと思います。
もちろん、最終的には国民が決定することではありますが、これまで地方で行われた住民投票の例をみても、国民投票になった時点で、どのような圧力がかかってくるかも危惧しています。
つまり正道であるべき、憲法についての知ることとかをスキップして組織票ばかりの方向となってしまうことで、本当に大事ないかに日本として世界に向けて自分たちの理想とする社会をどう考えるかということを考えないことがありえると思います。
結局、選挙と同じように自分にとっての理想を叶えてくれる政治家を選出するのではなく、「お世話になったから」だとか「あの人の言うことだから間違いない」とか判断停止をしてしまう投票を少しでも減らしたいと思っています。
どうして日本の政治家は選挙の時だけ駅前に立って挨拶をするのでしょうか。
どうしてより問題を深めて有権者も考えるような語りかけをしないのでしょうか。
それは、もしかすると語るべき内容や理想を政治家自身も持っていない場合が多いのではないでしょうか。
僕は、賛成にせよ反対にせよ、この重要な問題の本質についてよく考える必要があると思います。
なぜなら安倍首相は党派を超えた議論をしようと、3分の2の必要な賛成を得るために言っていますが、具体的に現憲法の何が悪いのか、自衛隊の位置づけが明確でない程度のことしか言っていないからです。
これでは憲法改正の使命感がまずありきであって、なぜ変える必要があるのか全くわかりません。
現在の北朝鮮の問題があるからでしょうか。
しかし、どのような対話の努力をこれまでやってきたのでしょうか。
いずれにしてもロジカルに考えて、改正する理由がよくわかりません。
ところで、安倍首相は改憲か護憲かといった不毛な議論をする時はすでに終わっていること、2020年の公布を目指して憲法改正の発議をしたいことを、例の「日本会議」で発言しています。この発言は、国民に対してなされたものではないことも注意すべき点だと思います。
その日本会議ですが、2016年に開催された、安倍首相も出席している、【憲法改正誓いの儀式】なるものは、見るだにおぞましいものです。
なんと、そこでは、三原則である国民主権・基本的人権・平和主義を壊さなければならないと堂々と述べられているのです。
あの稲田防衛相の妙に生き生きとした姿も写っています。
これこそ、僕がこのタイミングでこの政権での憲法改正に反対する最大の理由です。
まだご覧になったことがない方はぜひ一度ご覧下さい。
悲しいかな、現政権の閣僚はこうした人たちで占められているのです。
憲法改正誓いの儀式
僕は特に、有事の際に現憲法では不十分だと考え、日本語も変だから、憲法を改正したほうがいいのかなという程度に考えている方々に強く言いたいことがあります。
憲法改正の話とは、現在のエアコンは古くなってきたし効きが悪くなってきたし、今年は暑い夏になりそうだから今のうちに変えたほうがいいというような話ではないのです。
みなさん、日常生活でこのような体験をされたことはないでしょうか。
ショッピングに行って、別に必要もないのに、何かを「悪くはないので」という理由で購入してしまったこと。
会社で管理部門が、やたらレポートを要求してきたり、営業活動の主業務が手薄であるのに、さらに「単に悪くないという理由だけで」よけいな活動を強要されたこと。
毎日、目標を立てて、例えばブログを1日3記事はアップするという最重要かつ死守すべき目標だとして、記事ネタを探してネットサーフィンしているうちに、「悪くはない他のこと」があらわれ、結果、3記事が達成できなかったこと。
上記はすべて僕の体験であり、常に自分にいましめていることなのですが、要は似たような付随のことを「悪くはない」という理由で採用してしまうことです。
このような選択(悪くはないので採用する)は、思うに、もっとも悪いことであるといっても言い過ぎではありません。
重要なことがぶれてしまい、あなたが何者であるかが、あいまいになり、結果、行動に対する意欲や力が衰え、時間を失い、結局なにをしようとしていたかさえわからなくなるのです。
だから、70年も変えていなかったのだから見直しもいいよね、よく見ると改善できるところもたくさんありそうだし、という理由で憲法改正に賛成することだけは絶対に避けなければならないことです。
とくに安倍首相が憲法改正の発議をしたい目的は憲法を改正することであって、国民の幸福の追求が重要なわけではないと思えるからです。
もしそうでなければ、そこを国民の過半数に納得させられなければ、結局9条を変えたいだけということになります。そしておそらくそれだけです。
僕は森友学園の問題から、安倍政権が信じられなくなりました。
首相としてというより、人としてなすべき説明責任を果たしていないと思えるからです。
むしろ、9条を変えたいとはっきりおっしゃったほうが、好感が持てるのです。
また、あの稲田防衛相ははっきりと言っています。
言葉はうろ覚えですが、下記の意味のことを堂々とおっしゃっています。
「国民が大事なわけではなく、重要なことは特別な民族である日本人の道徳を世界に向けて発していくこと」
ほとんどナチスドイツの選民思想と同じです。
余談ですが、日本会議の席上での稲田防衛相と安倍首相は非常に対照的に見えます。
国会での姿と比較すると稲葉防衛相は同一人物と思えないくらい生き生きとしています。
対して安倍首相はあまり精気がない感じがします。拍手もおざなりで、外交で生き生きとしている人と同一人物とも思えません。
これは何か意味があるのかもしれませんが、事が憲法改正という重大な内容であるので気にする訳にもいきません。
僕は、かつての東条英機始め、戦犯としてなくなった方々は日本民族の幸福ということを考えていたと信じています。
してみると、この内閣は非常に薄気味悪い、右翼でもなく天皇陛下を祀っているわけでもない、おどろおどろしたものに見えてしまうのです。
もしそうでなければ、安倍首相は憲法改正の必要性をしっかりと述べて国民の賛同を得るべきではないでしょうか。
また憲法改正の発議の前に、森友学園の問題をきっちりと解決すべきではないでしょうか。
ともかく、現在の安倍内閣は非常に危険な領域に踏み込んでしまったと思います。
そもそも憲法とは、その国民の理想とする世界を記し、世界に発信するという面を持っています。
だから、あまり細部を書く必要もないわけです。
およそ言葉で表現された文書であれば、時代の変遷とともに、後の時代でわかりずらかったり意味が正確に通じなくなったりすることは、あたかも形容詞がもっとも早く変わっていくように、当然のことだと思います。
これは、言葉遣いが日本語として変だから改正したほうが良いという、僕からすれば屁理屈としか思えない理由をおっしゃる方がいるため念の為に言っておきたいです。
もしその理屈で憲法をいちいち変えなければならないとすれば、なぜ96条の改憲手続きのハードルを高くしているかの説明もできません。
ここで、この2017年5月3日の憲法記念日に僕が目にしたニュースで注目した記事を2つ紹介します。
なかにし礼さん「憲法は芸術作品」 首相発言に異議
http://www.asahi.com/articles/ASK4T5HNRK4TUPQJ007.html?ref=yahoo
作家でもある、なかにし礼さんが特に憲法の前文の美しさをおっしゃっています。
なかにしさんのおっしゃる「美しさ」の意味を取り違えたおかしなコメントも多くみましたが、日本語をちゃんと勉強なさったほうがよいかなと思いました。
改憲論「とにかく手術薦める医師のよう」学者らが批判
http://www.asahi.com/articles/ASK5356YLK53UTIL00M.html?ref=yahoo
僕は、家族が病院に通ったり入院したりすることがこのところ多かったので、かかる医師によって治療法や介護方針、薬の処方が大きく異なる場合があることを知っています。
軽い病気ならいいですが、命にかかる場合ですらそうです。
安倍医師は、家族に十分な事前説明をせずに、手遅れになるとか脅かしながら手術を勧めています。
北のミサイルとか東京オリンピックとか禁煙に甘いのは世界からも批判されているとかです。
ですが、他人(他国)のことは迷惑をかけなければどうでも良いのではないでしょうか。
僕は外国の企業やトランプばりに強くでてくる外国人との交渉をしてきましたが、自分はこれこれの理由で反対すると明確に述べれば相手は常にむしろ見直しをしてくれ、関係も良好になることがほとんどでした。
万人に共通の価値観なんてないのと同じく、日本人は日本人の選択で生き方を決めるべきです。
だからこそ、僕は日本人の意思として現憲法を尊重するという選択をすべきだという意見です。
そして、それは憲法をもらったから作るというような安易で軽薄な発想しかできない方には決してわからないことだと思っています。
最後に日本国憲法の前文をWikipediaから引用します。
ぜひあらためてお読みいただき、これのどこがおかしな日本語とか時代にあわないのかとご自身に問い直していただけると幸いです。
なかにし礼さんがおっしゃっている美しさがここにあります。
【日本国憲法前文】
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
最後までおよみいただいた方、ありがとうございました。
分断して読んでいただきたくないために、長文にはなりましたが、項目のタイトルはつけませんでした。
20170505 by okkochaan