パチンコ規制強化
Photo by Susonauta – パチンコ百億

 

2月に入り、いよいよパチンコの出玉規制が開始されます。

 

タイムリーというべきか、ヤフーニュースでは、パチンコホールの倒産が増加しているニュースがありました。

 

パチンコについては、ほとんどの方が覚めた状態であるとは思いますが、個人的な思いもあり、最近話題になっている規制のこととか、パチンコ依存症について思うところを書きます。

 

2017年(1-12月)の「パチンコホール」倒産(負債1000万円以上)は29件(前年比141.6%増)で、3年ぶりに前年を上回った。負債総額は291億9500万円(同67.6%増)で2年連続で増加、4年ぶりに負債100億円超の大型倒産も発生した。

日本は島国で規制を守る国であるので管理はしやすいとは思うのですが、今後どうなっていくのでしょうか。


 

 

【今回の規制を超簡単におさらい】

 

パチンコをやらない人にはどうでもよい話題なので、簡単に書くと、今回の主な規制は出玉の数の規制であり、逆に目立ちませんが、入賞しない玉を少なくするという両方向の規制です。

 

普通に4円パチンコのフルスペックで朝から勝負と思う人は、その日、10万ぐらいは勝とうという気持ちで店に入ります。

 

もちろん、ほとんどの場合、夢は破れるわけですが、これは高いお金を出して夢を買ったともいえます。

 

しかし、今回の規制は金額面でも、5万円を上限とするなどの規制が入ります。

 

 

【パチンコ依存症の超簡単なおさらい】

 

感覚的にはここ1年ぐらいですが、パチンコ屋に不思議なメッセージが目につくようになりました。

 

それは依存症対策なのですが、10ぐらいの質問をして4つ以上あてはまると依存症なので病院に行った方が良いとか、「パチンコは適度に遊ぶものです」とか「一日の予算をお聞かせください」とか、かなりソフトな言い回しで書かれているのです。

 

パチンコ依存症はタバコと似ていて、どちらの場合も大当たりの時とか、タバコを吸った時に大量に脳から放出されるドーパミンの快感が忘れられず、ふらふらとパチンコ屋に行ったり、タバコを吸ったりしているのです。

 

どちらも強い意志をもって一定期間がまんすれば、依存症とか中毒から脱することは可能ですが、いつでも辞めたり始めたり何度でも気軽にできる点も共通しています。

 

パチンコについては、本当に適度に楽しめばいいし、適度に楽しみながらちょっとお小遣いを稼ぐのが一番だと僕は考えていますが、どうやったらそんなに負けられるの?というぐらい、借金をしてまでパチンコにのめり込む人に対しては、パチンコのない国に行って暮らすとか隔離療法が一番だと思います。

 

 

【規制が目指すもの】

 

僕の感覚的な判断ですが、パチンコ依存症は一昔前の方がよほど深刻ではなかったでしょうか。

 

それがここにきて突然、パチンコ依存症が叫ばれるようになったのは、なにか腑に落ちないものがあります。

 

そしてパチンコはもともと各駅前にあり、庶民の遊びであったことを考えると、パチンコは中流以下の人たちが多く支持してきた遊びといえると思います。

 

実際に、パチンコをかなりやっている人で、裕福な人を僕はあまり知りません。

 

一人でやる遊びでもあるので、パチンカーからは職人気質すら感じます。

 

だから、今回の規制で実際にパチンコ屋の経営が厳しくなり倒産が増えてきたり、お客にとってもパチンコに魅力を感じなくなっていく流れが何を目指しているのかと考えたとき、あることに思い至りました。

 

それは、簡単にいうと、カジノ法案が通ってから、パチンコは不要になったという考えがあるのではないかということです。

 

つまり、カジノのためのパチンコ規制でありパチンコ依存症対策なのだと考えたとき、すべての動きが符合し納得できます。

 

貧乏な一般庶民はパチンコなどはやらず、接客の訓練をしたりトランプさばきを学んだり、ルーレットを回したりすればいいということなのではないでしょうか。

 

ちなみに、僕は、サイコロでの丁半博打できりっとした姉御が「よござんすか」といって、座敷でやったり、花札をやったりという「日本的な」カジノを作ったら外国人に受けるような気がしています。

 

【まとめ】

 

多くの政策がそうであるように、今回の政策は結果的に庶民から少ない楽しみをさらに少なくすることであるかもしれません。

 

だからといって、悲観しているわけではなく、パチンコも細々とで生き延びていれば、また陽の目を見ることがあるだろうし、日本の細部までの細かい仕掛けとコンピューター技術の結晶である現代パチンコは、カジノに試験的においてみる価値もあるかもしれないと思います。

 

実際のところ、パチンコをやっている年齢層はだんだん上がって行っていて、僕の住んでいる街ではシニアクラブかと思うような状況です。

 

かつて駅前にパチンコ屋があったときは、これは運動会かと思うぐらい重箱に弁当持参でお店に来て、「昼休み」を一緒に食べたり、正月にはお店からお汁粉のサービスがあったり、景品が当たったり、そうしたことが街に活気を与え生きがいを与えてくれていました。

 

しかし、そんなお店は大型店の進出でいまはつぶれてしまいました。

 

ちなみに、その駅前のパチンコ屋ですが、何といまでは、全国展開をしている葬儀屋が建物をそのまま利用して使っています。

 

どんなことでも、はやりすたりはつきものですが、手打ちのころからパチンコを打っていた僕としては、寂しい思いがします。

 

もっとも、最近、それに代わるものとして、仮想通貨を見つけましたが、これまたどうなることやらですね。

 

20180201 by okkochaan