旦那デスノートとは何か、この流行の本質的な内容にせまってみたいと思います。

 

また出版については僕は反対だし、このような本がベストセラーになっていることを世の末だと感じていますが、どうしてそう思うのかを書きました。

 

ただ、評判になればどんな本か見てみたくなるのも人の心理ですので、本をみたいかたは、下記をご覧ください。

 

だんなデス・ノート ~夫の「死」を願う妻たちの叫び~

 

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【旦那デスノートの内容】

 

旦那デスノートは閲覧注意の名の通り、実に恐ろしいサイトです。

 

なにしろ、自分の旦那に対して死んでほしいという願いを書くサイトなのです。

 

この時点で、いくら愚痴のはけ口だとしても僕は反社会性を帯びていると考えてしまいます。

 

考えてもみてください。いくら男性側に悪い面があったとしても、死んでほしいとか呪いの言葉を投げるとかは明らかに行き過ぎで間違っているし、人の道、つまり倫理に反していないでしょうか。

 

その時点で、どのような正当性も失われてしまうと僕は思います。

 

この記事を書くためにいろいろ読んでいたら、意外にも旦那デスノートの書き込みを擁護する意見も多くて、あるテレビでは、「よくよく考えたら男性の方が悪い。男性が無自覚な加害者になることがあって、無意識に奥さんを傷つけてしまうことがある。結婚したんだからお前は黙ってついてこいといってしまう。」ということで、旦那が悪いと発言していた方がいました。

 

まあ、そういうことはあるかもしれません。

 

でも、この発言は、主婦層の受けは良いけれども、再度よくよく考えてみると、こうした発言こそ男尊女卑的な発想から抜け切れていないものではないかと思ってしまいます。

 

サイトの記事からは、本当にどうしようもない旦那がでてくるし、旦那はもちろん悪いのです。

 

だけれども、その旦那に死んでほしいと考える奥さんは、もっと悪いし犯罪者と同じことになります。

 

そして、世の中の女性の多くが、そんなこともわからないと断じてしまうことが、女性蔑視でなくて何であろうかと僕は考えるのです。

 

少なくとも僕の知っている女性は、仮に自分が旦那の死を願ったとしても、倫理的かつ完全にそのような考えを義務感からではなく、本心から否定する能力を持っています。

 

日本人は抽象的な議論が苦手なので、心に思っただけであれば罪ではないという考え方が強いですが、キリスト教的な一神教の文化で育った方々にとっては、心に思ったことは実際に行ったことと同じなのです。

 

実際に思っただけでは処罰の対象になりませんが、思ったことを匿名を利用してサイトに書き込んで、その内容に気づき、自分がいかに恐ろしいことを考えているのだろうかと思わない状況はどう考えても異常であり、男性のほうが悪いという理由だけで、ひどい発言者を擁護することは間違っていると思います。

 

彼女たちは確かに本心から旦那が亡くなって欲しいと思っていて、決して冗談ではないように思えます。

 

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【旦那デスノートは、はけ口になるか】

 

このサイトが流行っていて、1日50万だかの訪問者がいるということに病弊の深さを感じますが、これは、はけ口になるのでしょうか。

 

サイトに書き込むことにより不特定多数の自分と似たような気がする境遇の女性から同情してもらったりすることで、少しは気がおさまったりするのでしょうか。

 

ちょっと読んだ感想では、感情が非常に強くて、とてもおさまらないだろうと思うし、むしろサイトに書き込み、同情のいいね的な反応も貰って、むしろ旦那に対しての悪意は増強してしまうのではないかと思います。

 

ただ、これは僕にはよくわからないので、本当にはけ口になっているのであれば、意味はあると思うのですが。

 

しかし、現在SNSは、特定の表現に対しては敏感に反応するようになっているし、座間の9人の死亡事件からより強い規制が入る可能性もあります。

 

僕はこのサイトのことに限らず、ツイッターとかでも言えるけれども、顔が見えないのを良いことに、性格が変わり、平気で人を中傷するような乱暴な言葉を投げることに強い嫌悪感を覚えます。

 

それは、たとえ主義主張が同じであったとしても、どうしようもない嫌悪感からその人を信頼できなくなってしまうのです。

 

この旦那デスノートの多くの書き込みもそうした乱暴な言葉の羅列にしか見えません。

 

それは、心の叫びかもしれませんが、言葉ばかり強く、感情はむき出しで、読むには堪えないものです。

 

 

 

【デスノートを本にすることについて】

 

こうした内容の無秩序な集合物を、かなりの数の投稿から選んで本にしたとしても、僕はその本に非常に狭い意味でのドキュメンタリー以上の価値はないと思います。

 

つまり、ある日、ある時、ある主婦の心に芽生えた悪魔的な心、というドキュメントでしかありません。

 

すべてが、一方的かつ感情的な主張なので、かりに知人に会えばかならず旦那の悪口しか言わない人がいたとすれば、だれしも敬遠するだろうと思います。

 

それを、わざわざお金をだしてご丁寧に装丁をほどこした本にしても、価値があるものとはどうしても思えないのです。

 

しかし、本はかなり売れているようです。

 

もちろん、この本は何の感動も人に与えることはないので、長続きはしないと思います。

 

また、この旦那デスノートをまねて、同じような発想のサイトも出てきています。

 

サイトで広告収入を得、本にして利益を得、自分では何も創らないというビジネスモデルと考えると理解できます。

 

「旦那デスノート 逆サイト」で検索すると出てくるが、以下の二つがでてきます。

 

・ 俺の嫁が可愛い

・ うちの旦那が素敵

 

特に「俺の嫁が可愛い」の方が、人気になっているようです。

 

こう考えてみると、いろんなテーマでそれに呼応したサイトがあって、よいサイト運営が出来ていれば生き残れるし、そうでなければすたれていくということで、健全化が保たれるという流れができつつあるのかもしれません。

 

それは僕の希望的観測ですが、そういう流れができて、僕がこれまで述べてきたことも、無駄だったということになれば、それはそれでめでたいことです。

 

ただ人間関係が希薄な世の中でのSNSの位置づけという観点で考えると、不安要素を拭い去るのは難しいと思えるのです。

 

 

20171118 by okkochaan