Originally posted 2018-01-27 23:06:27.

ビットコインとは
https://www.pakutaso.com

 

ビットコインとか仮想通貨とか、何かという簡単説明のサイトとかブログとかはたくさんあります。

 

だいたい同じような説明をしているので、いくつか読んでみれば、だいたいの概念はつかめると思います。

 

たぶんテクニカルな意味では、ブロックチェーンがわかりずらいかもしれないし、僕もエンジニアではないので概念的にしか理解していません。

 

ただ、今日これを書いているのは、「なんど説明を聞いてもわからない」という方が、意外と多くいらっしゃることについて思い当たることがあったからです。

 

そうした方には、もしかするとですが、ボトムネックになっている根本的な問題が潜んでいるのではないかと考えたのです。

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【環境からの考察】

 

考えてみると、僕たち日本人は通貨である円をまず疑うことなく生きてきました。

 

僕たちの親の世代も、その親の世代も、ずっと日本の通貨を疑うこともなく信じてきました。

 

ところが、ビットコインは極端にいえば、いずれは円やドルなどの通貨を排除する可能性を秘めています。

 

それはどうなった場合かというと、すべての人がビットコインで売ったり買ったりできるようになれば、もはや現状の通貨は必要でなくなるからです。

 

仮想通貨でなくビットコインと書きますが、それはビットコイン以外の仮想通貨のなかには、本来のビットコインの思想と対立する形で創られたコインもあるからです。

 

ところが、円とかドルとかの通貨を疑ったことが一度もなければ、ビットコインに投機するのも円やドルなどの通貨に換金できるからであり、円やドルを増やすことがお金持ちになることであって、ビットコインをたくさん持っていることがお金持ちになることではないわけです。

 

僕はもしかすると、この本質的な認識の違いがビットコインを理解するさまたげになっているのではないかと考えました。

 

【わからない決定的な理由がわかった!】

 

僕がこうした考えを持つようになったのは、そのビットコインの仕組みを何度聞いてもわからないとおっしゃる方は、一般的には優秀とされている方であるからです。

 

つまり良い学校を出て、良い会社に入って、知的な仕事についていて実際に世界で起こっている出来事などの知識も理解もあるいは体験も一般のかたよりは多いと思われる方です。

 

ですが、ビットコインの話をすると、途端に脳が停止状態になったかと疑うほど理解ができないのです。

 

どうしても頭が悪い人とは思えないので、僕は無意識になんでだろうと考えていました。

 

そして、突然、織田信長のエピソードに思い至りました。

 

織田信長は宣教師のオルガンチーノが地球儀を見せながら喜望峰を回って航海してきたことを説明し、地球が球体であることを説明したときに、直ちにそれを理解したという有名な話があります。

 

これは、実に驚くべき能力というべきなのですが、僕はこれが現在の通貨とビットコインの関係と同じだと考えています。

 

円やドルをたくさん持つことがお金持ちであり人生の大きな目的の一つであることを疑わない人にとっては、通貨は絶対ですが、通貨というものが、複数の人間によってはじめて価値が与えられることを理解できれば、ビットコインがいかに革命的なものであるかは直ちに理解できるはずです。

 

まあ、ここまではよくある説明かもしれません。

 

ビットコインを理解することを阻んでいるものは、もう少し別のところにあるように思います。

 

それは、中心がある世界に生きてきた人が中心がない世界を理解できないという事ではないでしょうか。

 






 

自分に自信がないためなのか、これまで疑いもせずに生きてきたためなのか、それはわかりませんが、自分の価値というものは常に上位のものが決めるという事に慣れ過ぎていて、それ以外の発想ができない状態に陥っている可能性があると思います。

 

どういうことかというと、学業にしても仕事にしても、合格するとか上司から評価されるとかに90%ぐらいの価値をおいていて、それ以外の評価があるかもしれないと思いつつも、問題にしてこなかった状態です。

 

だから政府が発行し流通し、また政府に戻っていく通貨は理解できても、そのような発行主体がないビットコインは、まさに地球が丸いということを突然しめされたと同じパニック現象を起こしかねないので、本能的にプロテクトしてしまい、それが理解を妨げているのではないかと考えました。

 

これは、あくまで推論です。

 

ただ、この間ちょっと触れたダボス会議で仮想通貨について議論が白熱している理由を考えてみていただければ、僕のいいたいことが伝わるかもしれないと考えています。

 

ダボス会議で共通の理解として賛成の方も反対の方も認めているのは、仮想通貨の存在が無視できないという事実だけです。

 

中央集権的な国家運営をしている国にとっては、通貨の否定は国家の否定とイコールであるし、また成功した銀行家であったり巨額の財産を持っている人たちからみれば、仮想通貨とはあたかも下克上のように短期間でのし上がってきて自分たちの存在を脅かすかもしれない脅威があるものととらえているので、反対するのです。

 

具体的なコインの名前は出しませんが、仮想通貨のなかには、銀行間での送金に使うことによって飼いならされた形の仮想通貨もあります。

 

それは、本来の仮想通貨の思想とは相いれないものですが、オオカミが犬となってうまくやっているような状態になる可能性はもちろんあると思います。

 

20180127 by okkochaan