ボスザル 忖度

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日大アメフトの反則指示疑惑については、監督が辞任するということになったようですが、僕は本能的に現在の安倍政権がかかえる問題と共通のものがあると感じていました。

 

そう思って、「日大アメフト 安倍政権」と打ち込んで検索してみたら、やはり同じことを考えた方もいらっしゃったので、当然ながら僕が考えることはたぶん先に他の方が考えるだろうなと納得してしまいました。

 

ただ、現在、安倍政権に対しては支持する層と反対する層が感情的にも大きくぶつかっているため、冷静さを欠く内容とかコメントとかツイートとかも目にします。

 

双方に相手をおもんぱかる余裕はなく、むなしい言葉の応酬としか思えない状況が国会の空転とともに続いています。

 

この二つは何の関係があるんだと興奮気味なコメントも見ましたが、僕は類似性は明らかにあると考えています。

 

そこで、日大アメフト事件と安倍政権への忖度との類似性に潜む問題について書いてみたいと思います。

 

勘違いとか誤読されることを恐れるので、再度いいますが、日大アメフト事件と安倍政権への忖度との類似性に潜む問題について書くのです。

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日大アメフトと安倍政権の類似を主張するコメントについて

初めに、僕と同じように日大アメフトの事件と安倍政権の類似を主張するコメントを紹介します。

 

・ タレントの星田英利さんは、「絶対に嘘!安倍か!ふざけるな!怒」――。と監督やコーチの「反則指示」疑惑について、怒りのツイートをしています。

星田さんのツイートは感情をストレートに書く特徴があり、ツイートではそこに至るプロセスは省いているので、反感をもっている方も多いように思います。

ですが、僕は星田さんが僕よりは頭の回転が速いので、こうした現象が起きるのだろうと思っています。

ちなみに通訳するとこんなことをおっしゃっています。

「日大の内田正人監督が選手に反則しろといっていないのは絶対に嘘だ。もし実際に言っていなくても、指示に従えなければ不利益が生じることを匂わしたりしたとすれば、忖度とか忠誠を期待しての言行は指示したと同じである。これままさに安倍かと思うぐらい同じ忖度の構図だ。こんなことがまかり通るなんて、ふざけるなと言いたい。僕はりに震えている。」

 

星田さんはこれだけのことを短い言葉で表現されましたが、僕はもっとくどいくらい、こなれた言葉で本質的な問題を抉り出して欲しいと思っています。

 

また芸人が政治を論じるなという滅茶苦茶な話も聞こえてきますが、それであれば、安倍首相と税金を使ってお食事をする芸能人はもっと批判されるべきかなと思います。

 

 

・ 元外交官の天木直人氏は、「安倍暴政が産み落とした日大アメフト反則事件」と題したブログを投稿されています。

これはブログでありながら、星田さん以上に論理の飛躍がみられるため、安倍政権と日大アメフトは何が関係あるのかという反論も多いことと思われます。

確かにこのタイトル通りにとれば、現在の政治が日大アメフト事件に直結しているようにしか取れず、中間の説明がないために理解を得ずらいのではないでしょうか。

つまり、「なんでもかんでも政治のせいにするな」というわけです。

しかし、広義に解釈し、政治とか政治家というものが、共同体のなかで生きるための規範的な対象であることを思えば、間違っているとは言い切れません。

 

ただ、僕は、安倍政権そのものも国民が選んでいる以上、あるマジョリティーの意思が反映していると考えます。

 

してみると、そのマジョリティーの意思というものが、どのようにして形成されてきたかを考えることが問題の本質に近づくのではないでしょうか。

 

この場合の「マジョリティーの意思」とは狭義では「忖度する意思」といってよく、旧民主党政権がどうだったかとか、他に適当な人がいないとかではありません。






 

現在の安倍政権は国民が望んだものだという認識をもつ重要性

僕はアメリカのジャーナリズムのように、政権を監視し批判する使命は重要だと考えていますが、その前に、安倍政権支持者がよく口にする「正当な選挙で選んだ政権である」ということが一理あることを安倍政権が嫌いな方も一旦は認めるべきだと考えています。

 

そうしなければ、「選んだ政権であるから、批判すべきでない」ということに反論が出来ないからです。

 

もし政権が行うことが常に正しいということを信じなければいけないのであれば、それは独裁国家と同義となります。

 

また政権が北朝鮮や韓国、中国などを性悪説に立ってとらえ、軍事的な脅威が日本に存在するとするならば、国民も同じく性悪説に立って、どんな人間でも悪人になり得るので、政権を監視し批判していくのが国民の義務だとしなければ論理的に矛盾してしまいます。

 

僕は政治にかかわる方には、この視点を必ず押さえて欲しいと思っているし、そうでなければ、政治の主張が耳から入っても、全く意味がわからないだろうと思います。

 

そして忖度については、安倍首相も先日の国会で、忖度はあったかもしれないが自分は全く指示していないという意味の発言をされているのですが、まさにこの点が日大アメフトの内田監督の発言と酷似しているために、あの事件は森友・加計学園と同じだと言っているのです。

 

そして国民が安倍政権を作ったとすれば、なぜそのような形を望んだのだろうかと考えることが、僕は重要なポイントと思っています。

 

結局、忖度するほうが楽

この問題はもっと掘り下げて考えたいのですが、ざっくり言うと、押し付けられた民主主義を日本人は経験したことはなく、市民革命も起こさず、明治憲法発布の時には、意味も分からず国旗をふって喜び、強いと思われるボスザルについて行くという選択をしていると考えています。

 

その尻尾を振ってボスへの忠誠を示す手段が忖度なのです。

 

より正確に言えば、現在の会社の上司とか社長とか監督とか、とにかく自分の上位に立つものに認めてもらい、安全、地位、豊かさなどを求めている、きわめて動物の社会と似た構図になっていると思います。

 

僕はそれを悪いと言っているのではありません。

 

それは選択の問題なのでとやかく批判は出来ない問題かもしれないと思っています。

 

ですが、僕はそんな社会では閉塞感と退屈さで生きずらいと思うし、子供たちにそうしろと生き方を教えたりすることなど絶対にできません。

 

とにかく日本人はいまだに民主主義というものを知らない状態だと僕は思うし、僕自身も知らないと思っています。

 

多くの日本人は、現代のインターネットの普及とかスマホとか便利な世界に住んでいるので、江戸時代に生まれたいと思う人は少ないと思います。

 

江戸時代は身分制度があり、人は集落から異動することも出来ず、村八分はあり、相互に監視しあう社会で統治されていました。

 

しかし、そうした不自由な世界であっても、楽しみや幸せを見出して生きてきたと思います。

 

ちょうどヨーロッパでしばらくの間、中世が暗黒時代と思われていたのと同じように、江戸時代の文化もより明らかになっていくことと思いますが、僕の予感では、現代の日本社会よりは、それでもずっと自由だったのではないかと思ったりします。

 

僕は、少しでも多くの方が、忖度はまさに自分たちの中にあることを自覚し、それにどう対処していくかを考えられるようになればと思います。

 

簡単に言えば、忖度は僕たちを幸せにするのか?という問題を考えようということです。

 

忖度すれば自分の意思は抑えるという労力を要しますが、結果的には楽なのではないでしょうか。

 

それは、あたかも起業して会社を立ち上げるより、毎日会社にいって仕事をしているほうが楽なのと同じかもしれません。

 

参考になった記事

最後に、これを書くにあたり、もっとも参考になった記事を紹介します。

 

短い記事ですが、本質をついています。

 

日大アメフト部と全く同じ構図の安倍政権の終末

 

20180519 by okkochaan