僕が尊敬するこんまり先生が、Netflixで番組をもち、半端ない大ブレークをしています。
Konmariという言葉は、すでに動詞にもなっていて、I’m konMari-ing.といった風に用いられています。
こんまり先生こと近藤麻理恵さんの「人生がときめく片づけの魔法」は、僕も暗記するぐらい何度も読みました。
それにしても、こんまり先生は、世界に影響を与えた100人にまで入っており、正直、そこまですごくなるとは思っていませんでした。
僕にとってのこんまり先生は、人生に影響を与えた10人に入ります。
ここでは、僕がこんまり先生から学んだことを書いて、その教えの何が僕にときめきを与えたのかを確認し、こんまり先生のすごさについてお伝えしたいと思います。
僕がこんまり先生から学んだこと3点
僕がこんまり先生から学んだことは、片づけの技術的なことをのぞけば、以下の3点です。
1.そのものに触れてときめくかどうかを基準にしていいということ
2.すべての事は単純化できるということ
3.つまらないと思えることでもやりぬくことで新たな価値が生まれるということ
1.そのものに触れてときめくかどうかを基準にしていいということ
かならずその物を手に取ってみて、その時にときめきを感じるかどうかで自分の周りに置くか捨てるかを選択することが、konmari methodのもっとも重要な基本になっています。
しかし、これだけ聞くと、なんだかオカルト的なものではないかと思う方も多いと思います。
そもそも、そうしたときめきを物に対して感じるのか、こんまり先生がおっしゃっているように、「その物を手に取ってみて全身の細胞が上がっていってポジティブな気持ちになる」ようなことは実際に起こるのかという疑念が生じることでしょう。
この問題について、こんまり先生は明確に答えています。
それは、実際に手に取って片づけをしてみることで、その感覚は研ぎ澄まされてくるということなのです。
こんまり先生が片づけをカテゴリー単位で行うことをおっしゃってますが、片づけの順番は、
衣類⇨本⇨資料⇨小物類⇨思い出の品
となっています。
この順番は、効率から考えて合理的に出来ていますが、それだけでなく、難易度が低い順ともいえるのです。
つまり、衣類から始めて、最も難易度が高い「思い出の品」に至った時に、「ときめき」の感性は始めたときよりずっと研ぎ澄まされているのです。
このため、最も取捨選択が困難な思い出の品についても、ときめくかどうかがわかるようになります。
そして、物の取捨選択で、物を必ず手に取ってときめくかどうかを唯一の規準にしてよいことがわかります。
2.すべての事は単純化できるということ
これまで片づけと言えば、やらなければいけないと思いつつも面倒が先に立つ嫌な仕事であったと思います。
片づけのノウハウ本も多数出版されています。
その中で、こんまり先生が異質に光っているのは、片づけという行為を人生のビッグイベントととらえ、それにより人生が変わるレベルまで一気に高めたためだと思います。
これまで、片づけ法はノウハウの一種にすぎなかったのが、一気にその意味を質的に変えてしまったわけです。
実際に、僕はこの本に出会ってから仕事の仕方、人との関係、情報の取捨、メールの整理などに大きな変化がありました。
余計なものを取り除くことで、自分に向き合うことも出来たし、自分にとって大事なことや人をはっきりと認識することもできるようになりました。
「捨てられない病」の方をみると、結局のところ、この取捨選択を行うことが出来ていないことがわかります。
すべての事や物は、世間的な評価とか、その物の値段とか、人間であれば社会的地位とかお金持ちかどうかとか、人に貰ったから捨てられないとかいうことではなく、ただ一つ、自分にとって、それがときめくかどうかだけを判断基準にすることで、信じられないぐらいうまくいきます。
たとえば、恋人とか友達とかの場合、その人と一緒にいたり話をしたりその人のことを考えるだけで、体中の細胞が生き生きとしてくるのを感じれば、ときめく人であり、あなたにとって大事な人なのです。
それ以外は、あなたにとってどうでもいい人ということになります。
それは、年齢や性別、さらにはその方が、生きているかどうかも問題になりません。
このようにして、すべての事は、ときめきを基準にすることにより、驚くほど単純化できます。
なお、アメリカで一部の愛書家から書物を捨てることについての批判があがっています。
しかし、これは的外れな議論なのです。
こんまり先生は、いらないものときめかないものを捨てろとおっしゃっているので、物が多いことを批判してはいません。
物の量を多いと感じるか少ないと感じるかは個人によって違うので、愛書家の方が、すべての蔵書にときめきを感じているのであれば、一冊だって捨てる必要はないのです。
3.つまらないと思えることでもやりぬくことで新たな価値が生まれるということ
今回のこんまり先生のNetflixデビューは、アメリカンドリームを実現したとも言えます。
これまで、アメリカンドリームと言えば、アメリカに渡って苦労して頭角を現し、銀行に掛け合ってお金を借りたりしながら事業を立ち上げ成功するといったものでした。
こんまり先生は日本で成功してからアメリカに渡っていますので、これからのアメリカンドリームは必ずしも初めからアメリカに渡らずに出来ることを証明したのではないでしょうか。
これはやはり、インターネットの力で世界が想像以上に狭くなったと言えると思います。
それにしても、片づけだけでアメリカンドリームを実現するなんて、誰が考えることが出来たでしょうか。
こんまり先生の教える内容は、特にアメリカにカスタマイズして受け入れやすくしてはいません。
それどころか内容的には「人生がときめく片づけの魔法」と完全に一致していました。
日本にはすべての物に神様が宿るという考え方がありますが、一神教のアメリカにはそのような思想はありません。
にもかかわらず、こんまり先生がブレークした背景には、アメリカが物質文明を代表する国だということがあり、そのために本当は不要なものが家のなかにあふれているという状況があったと思います。
ただ、そうはいっても、それでこんまり先生の成功を説明することはできません。
僕は、片づけという一見、優先順位が低いものに5歳のころから取り組み、その道を極め、さらに人生を変えるレベルまで昇華させたところに、大きな功績があると思います。
それを考えると、いま取り組んでいる一見つまらないことも、よく見直してみて、「自分はそのことについて、やるべきことをやったか?」と自問してみることは非常に重要ではないでしょうか。
小林よしのりさんの「おぼっちゃまくん」に、おぼっちゃまくんがトイレ掃除の委員長に任命されて、異常な熱心さでトイレ掃除をやり、「あれほど熱心にトイレ掃除をやるやつを始めてみた」という話がありますが、まさにそれなのです。
おそらく、普通の人がやり切ったと思った時点を到達点ではなく、スタート地点だととらえ、さらにそれを追求できた人だけが、成功という栄冠を得られるということではないかと思います。
かつて、mottainaiが英語になったように、konmariも英語になりつつあります。
ここは一念発起して、こんまり先生に続こうではありませんか。
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20190120 by okkochaan