ぱくたそ(www.pakutaso.com)
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つい先日、ちょっと感動したことがありました。

 

それは、僕がいつものように、車を降りて、
パチンコ屋の入口に向かっている時のことです。

 

二人の中年の女性のパチンコ屋から
出てきてこんなことを言っていました。

 

「やられちゃったね」

「でも、楽しかったね。」

「うん、本当に楽しかった。」

 

表情こそ確認できませんでしたが、
その声のトーンから、本当に
楽しかったという思いが伝わってきて、
僕は、ちょっとジーンとしてしまいました。

 

事情はわかりませんが、おそらく、
家事とか仕事とか子育てとかで忙しくて、
本当に遊んだりすることがない
人たちと思われました。

 

田舎なので、気の利いたカフェとかが
あるわけでもなく、ほんのつかの間の
自由をパチンコをやって楽しかったと
言っているのです。

 

僕は、女性に限りませんが、
苦しい生活、制限された自由に
耐えている姿をみると、
胸が締めつけられるような
気持ちになります。

 

この記事は、この話をきっかけに、
最近、政治的な意図も感じる
にわかに叫ばれ出したパチンコ依存症
について、日頃から感じている
僕の思いを書こうと思います。

 

そして、僕はこんな本当にパチンコを楽しむ方に
よかったらお金のかからない僕の打ち方
楽しみ方を教えてあげたいと
思っているのです。

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パチンコ依存症について、僕の体験と現在

僕はパチンコ依存症の怖さを否定しません。

 

だから、明らかにパチンコ依存症である方には、
僕のように1円パチンコを打ちなさいとは
絶対に言いません。

 

パチンコ依存症を克服するためには、
手段はともかくとして、まずは
あらゆる手段を使って、
パチンコから遠ざかるべきだと
考えているからです。

 

僕自身ですが、パチンコをするために
嘘をついたり、親の財布からお金を
取ったりしたことは、確かにあります。

 

それは、パチンコを打ち始めた、
10代後半のころでした。

 

パチンコを打つためのお金欲しさに
13キロも離れた学校に自転車で
通い、定期代は貰ってお小遣いに
していました。

 

それは親も承認していたのですが、
パチンコを打つためとは、
思っていなかったと思います。

 

僕の親は真面目で、固い人たちでしたが、
僕のお小遣いの使い道とかに
干渉することは不思議とありませんでした。

 

しかし、そうやって工面したお金も失い、
一度だけですが、親の財布からお金を
失敬したことがありました。

 

母親は不審に思ったようですが、
僕はとぼけてごまかしました。

 

その後、バブルのころには、
積み上げたドル箱を前にして
Vサインでお店の人に写真を
とってもらい、お店に飾って
貰ったりしていました。

 

しかし、いずれの場合も
パチンコ依存症で大変な
思いをした人たちと比べると
収支でマイナスには間違いなく
なっていましたが、
深刻な事態になるほどの出費はなく、
病気に至るまではいかずに
すみました。

 

それは、僕が小心者で、大きな
勝負をしなかったからですが、
その結果、お小遣いを失うぐらいで
収まったのでした。

 

ただ、僕が思うのは、僕のような
パチンコの収支は、普通の
事なのではないかということです。

 

調子の良い時には、1日ではないですが、
30万ぐらいの遊び金が出来たり
したこともあります。

 

でも、結局そのお金はパチンコにつぎ込み、
すべて失ってしまいました。

パチンコ依存症と僕の対策

結局、パチンコ依存症とかギャンブル依存症とか
いうのは、お金に踊らされ、過去の栄光だけ
脳にインプットされて、その再現を
病的に信じるような状態なのかと思います。

 

パチンコは、確かに、胴元であるパチンコ屋が
勝つように出来ているのですが、パチンコ脳に
なるとその辺りも不明瞭になり、
いくら負けても何の根拠もなく、
取り返せると思ってしまうのです。

 

そして、いつもパチンコのことばかりを考え、
パチンコを打つことが目的となり、
パチンコから離れると落ち着きがなくなり、
またパチンコを打つようになります。

 

こうしたパチンコ依存症を誘発するという意味では、
確かに世の中の風潮のように、「パチンコ=悪」
という事になるのだと思います。

 

ですが、僕は、このような一面的な見かたにくみしません。

 

パチンコ依存症の話を読んでみると、確かに
パチンコの気軽さが原因かとも思いますが、
重度の依存症の場合、パチンコ依存症というより、
ギャンブル依存症と言った方がより正確ではないかと
考えています。

 

あるいは、より広く、依存しないと
生きていけない心身の状態です。

 

スマホなんかもそうですね。

 

つまり、たまたま対象がパチンコであっただけで、
もしパチンコがなければ、他のギャンブルに
はまる要素は多分にあるわけです。

 

パチンコ依存症が悪いからというだけで、
パチンコすべてが、悪いというのは、
僕には承服できないし、乱暴な理屈にしか
思えないのです。

 

だから、最近のパチンコ店に掲示されて
いるように、パチンコを適度に楽しむことが
出来ないのであれば、パチンコをやめた方が
いいと思っています。

忘れられない名機の数々

長くパチンコを打ってきた僕には、
忘れられないパチンコの名機が
たくさんあるし、その涙ぐましいとも
言える楽しませ方の工夫が
捨てがたいです。

 

それらの名機は、思い出すだけで、
あたかも若いころ聴いた歌のように、
その当時の僕の苦しかったこと、
楽しかったことを思い出させてくれます。

 

また、パチンコのお金が北朝鮮のミサイルに
なるからやめろという意見もあります。

 

しかし、もしそうであれば、どれだけの額が
北に行っているのか教えて欲しいです。

 

また警察との癒着とかの話もあります。

 

むしろ、こちらの方が問題かもしれないと
思ったりもします。

 

ですが、はっきり言って、僕には
そんなことはどうでもいいです。

 

最近、駅前パチンコ店が経営難で
大手チェーン店中心になっていますが、
パチンコは、本来、庶民が
ちょっとだけお金をかけて楽しめる
ささやかな遊びなのです。

 

CR機が出現し、確率変動という要素が
入ってから、確かにパチンコは、
従来のものとは異質な射幸性を
伴ったゲームになってしまったことは
否定できません。

 

それまでは、「打ち止め」というルールがあり、
ある程度の出玉が出た段階で、
店側が判断してストップを
かけていました。

 

また技に秀でたプロもたくさんいました。

 

そんな昔の話をしても、
仕方がないですが、
過度な射幸性による「あおり」が
あったことは確かです。

 

それまで自分の懐具合と相談して、
遊べる範囲内で楽しんでいた人も、
人が変わったようにのめり込んで
しまうこともあったと思います。

セルフコントロール重視の僕の1円パチンコ必勝法

ですが、セルフコントロールを重視する、
僕の1円パチンコ必勝法においては、
この問題もクリアーしたと思います。

 

自分の欲望にまかせて、意味なく
長時間打ったり、負けが込んで、
やけくそになって打ち続けたりとか
絶対にすべきではないし、
打ち方も雑になるし、
ろくなことがないと思います。

 

それよりも、たとえ少額でも、
プラスを積み重ねて、
月の収支がプラスであるほうが、
はるかに価値があることと
考えています。

 

僕のパチンコは、いわば、
少額貯蓄型の1円パチンコであると
思います。

 

そして、パチンコで勝ち続けるためには、
強い自制心が必要なのです。

 

予定した金額を負けたら、さっとホールを
後にすること、もっと勝てると根拠なく
思うのは厳禁であること。

 

次回の楽しみのために、やめ時が来たら
やめることは、本当に重要だし、
それが出来ないのであれば、
パチンコ依存症を疑った方が
いいと思います。

 

20180712 by okkochaan