人材派遣営業のトラブルログは、僕が経験した印象深い出来事を書いています。
一般的な人材派遣の営業のトラブルの話というより、ちょっと都市伝説的なものになるかなと思っています。
さて、記念すべきだ一回は、将来の希望は漁師になることというスタッフの話です。
派遣依頼内容と人選ポイント
ある外資系の人事の女性から彼女のアシスタントを派遣して欲しいという話があった時のことです。
その方は、非常にしっかりした方で、仕事には厳しかったし、彼女の要求レベルも高いと思いました。
そのため、僕はその話を電話で受けた瞬間に、これは男性を派遣した方がうまくいくのではないかと思い、その場で提案もしました。
ちなみに、人事部は人事部長以下、全員女性で50人ぐらいの所帯です。
彼女は特に性別にこだわっていませんでしたが、僕の提案を聞くと、逆に男性を派遣して欲しいと強く言い始めました。
そして僕は、彼女と同年代ぐらいである30代半ばの男性を派遣しました。
ちなみに、彼はフリーのカメラマンで、国内のみならず海外にも出かけるような人で、英語はできましたがパソコンはあまり強くなかったと思います。
また一般企業に就職したこともなく、採用を担当する彼女のアシスタントを勤めるには、ファイリング能力、電話対応能力、パソコン能力のすべてが未知数でした。
英語にしても、写真や旅行で使う上でのコミュニケーションが出来る程度なので、ビジネス上のメールのやり取りの経験もありません。
ただ、それだけマイナス材料がありながら、僕が彼を派遣することにしたのは、この派遣依頼の人選ポイントに合致していると判断したからです。
僕が考えた人選ポイントとその理由は以下の通りです。
最重要ポイント:指揮命令者である彼女との相性
・非常に強い性格の方なので、きつい言い方をされても流せるような性格の持ち主であること
・業務の指示内容はざっくりしている場合も多いので、指示の趣旨を正確に把握して自分から行動できる柔軟な思考能力と行動力
・アシストに徹し、決して彼女と張り合うような行動をしないこと
これらがスキルや経験以上に重要であると判断しました。
派遣開始から1週間
派遣し初めて1週間ぐらいして聞いてみると、彼女は彼の仕事ぶりに非常に満足しているとのことで、僕にも珍しく感謝の言葉を言ってくれました。
人材派遣の営業は、どんなに自信があった場合でも、派遣後の評価を聞くまでは安心できないものです。
この件は、ちょっと不安要素もあったので、僕もひとまず安心することが出来ました。
また彼の方も、特に仕事上の問題もなく、男性がたった一人であることも気にならず、割り切って淡々と仕事をこなしている様子です。
ただ、僕も全く予想外の話が彼女からありました。
それは、彼女が彼の将来どうしたいのかを聞いてみたらしいのですが、かれの返事は、「漁師になること」という意外な発言だったことです。
もしかすると、気が早い彼女は、将来正社員になる可能性を打診したのかもしれません。
漁師になりたいというのは、今の方が、ありそうな気もするのですが、当時はかなり常識外の驚くべき発言だったのです。
彼女は笑いながら話していましたが、漁師になりたいというのは、さすがに予想外の答えだったようです。
それでも、彼女はその答えについても、かなり好意的に受け取っていました。
ちなみに、外資系の金融会社で働いているかたには、意外と一般企業で働いてみたいというあこがれを持つ人が多いです。
外資系の金融会社と一般企業では、主に企業文化(特に男尊女卑的なところ)に大きな隔たりがあり、収入が半減するのはいいとしても、彼女たちの希望が通るのは意外と難しいのです。
つまり、日系企業から外資企業への転職は問題ないのですが、その逆は難しいのです。
昔、キャンディーズが「普通の女の子にもどりたい」といって解散しましたが、それと似たところがあります。
一般企業で普通の女の子みたいに営業事務みたいな仕事をしてみたいんです!
ですが、そのハードルは高く、日本の一般企業は彼女たちを極端に言えば、宇宙人のようにしかみてくれません。
そうなると、フレンチレストランを始めてみたり、陶芸家になったり、ワインの勉強をしたり、フランスで柔道教室を開いたりという独立系の動きをせざるを得ないのです。
なので、漁師という選択肢も、さほど奇異なものではないはずですが、当時は3Kという言葉もあり、どちらかというと若者離れが進んでいる仕事でした。
派遣して一週間、僕の気のせいかもしれませんが、彼女も彼の変わった世界観に触れて、普段より生き生きしているように感じられたのです。
突然の終わりと結末
ところが、その翌週の月曜から彼は突然消えてしまいました。
彼女は非常に心配し、何か事件に巻き込まれたのではないかとか、「もし連絡が取れたら怒ってないから戻ってくるように伝えて欲しい」と何度か言いました。
彼女と彼の間に、仕事上でなにか問題があった様子でもありませんでした。
またこれまでの僕と彼のやりとりで、仕事上で全く問題がないことについては確信していたので、何か個人的な事情があるにちがいないと思いました。
家に帰っている様子もなく、僕も心配になりましたが、待つしかありませんでした。
そして、連絡が取れなくなって1週間後の夜、彼から電話がありました。
電話は、どこか遠いところからの感じで、音も遠く聞こえました。
また、気のせいかもしれませんが、潮騒の音がかすかに聞こえたように思います。
彼の話は、僕にとっては驚くべき内容でしたが、よくある話ともとれるものでした。
彼には非常に好きな女性がいるのですが、その女性が過去に関係していた男性が、その筋の人だったようです。
その筋の男が、復縁を迫って追いかけていて、彼も身の危険を感じる状況になり、しばらく身を隠すしかないとのことでした。
その男は仕事先にも現れる可能性も高いので、迷惑をかけてしまうとのこと。
僕は、北の方のちょっとさびれた漁村をイメージしました。
そして僕は、「わかりました。彼女と幸せに生きてください」とちょっと高倉健をイメージしながら言いました。
そして、派遣先の彼女が心配して毎日電話をしてきているので、すぐに彼女にも連絡しました。
正直に彼の話をし、また彼の話について、僕は疑っていないことも話しました。
この話は彼女にとっても予想外だったらしく、少し考えたうえで、彼女も理解してくれました。
これは金融業界が反社会的勢力とのつながりを非常に警戒しているからで、彼女の判断は当然でした。
僕は彼女の状況を知ってからの決断の速さと正確さに感謝し、あらためて彼女を見直しました。
結局、僕も彼女も、東映のヤクザ映画によくあるような彼の話を疑うことなく信じました。
仮に彼の話が作り話で嘘だったとしたら、その方が、彼をあきらめやすいので精神的には楽だったと思います。
本当だと思ったから、わずかな期間であったけれども、彼がいなくなって残念だという思いは僕にも彼女にも残ったのです。
その後の彼の消息は確認できず、今でも本当だったと信じています。
彼の容貌までは、よく覚えていないのですが、ちょっと渋い感じの、いい男だったと思います。
今でも、北の方のどこかの漁村で、愛する彼女と二人で漁業をやっているような気がしてなりません。
20190203 by okkochaan