会計検査院 森友学園

 

まさか会計検査院までが、加計孝太郎氏のようにタイミングを選んだとは思わないが、
今回の森友学園に関しての改ざん文書について、会計検査院が法律違反と認定した
ニュースで、いくつか気になった点があった。

 

タイミングは国会が終わるぎりぎりに間に合うようにということかもしれない。

 

また、会計検査院法のどこに抵触しているのかとか、調べてみると、
今更だけれども、日本の法規定をみると、こんなんでいいのかと
思えることも出てきた。

 

あくまで素人考えなので、無知に起因する点があるかもしれないが、
書いておかなければと思っている。

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文書改ざんが会計検査院法のどこに抵触しているのか

会計検査院法は、法律特有の読みずらい文章ではあるが、
主に規定を中心に書かれていて、わかりずらいわけではない。

 

今回の報道の概要はこうである。

 

会計検査院は19日、財務省の決裁文書の改ざんが判明したことを受けた
追加検査の中間報告を、参院予算委員会理事懇談会に提出した。
同省が改ざん文書を検査院に提出した行為を違法だと認定。
今後、関わった職員らの懲戒処分を求めるか検討する。-朝日新聞デジタル-

 

ちなみに、会計検査院法の該当部分は以下の第26条と思われる。

 

(提出書類に虚偽もしくは改ざんがあった場合まで、会計検査法は規定していない。)

 

第二六条 会計検査院は、検査上の必要により検査を受けるものに
帳簿、書類その他の資料若しくは報告の提出を求め、
又は関係者に質問し若しくは出頭を求めることができる。
この場合において、帳簿、書類その他の資料若しくは報告の提出の求めを受け、
又は質問され若しくは出頭の求めを受けたものは、これに応じなければならない。

 

全体に言えることは、会計検査院は国のお金の出納が
適正になされているかを検査するところなので、
今回の財務省の文書改ざんであるとか、国有地の
法外に安い値段で売却された場合などを、
想定していなかったのではないかと思える。

 

会計検査院の指摘は問題の本質とは無縁であること

会計検査院は当然ながら、財務省が改ざんされた公文書を
提出したことの認定にとどまる。

 

つまり、これでは森友問題の本質、すなわち、なぜ改ざんを
したのか?という疑問は解明されない。

 

せいぜい改ざんに関わった職員の処分までしかいかないのだ。

 

これだけ多くの人がかかわりながら、改ざんの理由がわからないとなれば、
いくら安倍総理が否定しようが、疑念が生じるのは、
自然なことかもしれない。

 

そればかりか、焦点を改ざんという、あってはいけないことを
犯した罪ばかりが指摘され、処分で一件落着となる
道筋を開いたとさえいえるのだ。

 

役人がどういった動機で行動するのかという視点も
あるけれども、もっと戻って、人は理由がないかぎり
こうした公文書の改ざんなどに手を染めるわけがない。

 

国民は、公文書の改ざんということは、森友問題の
本質ではなく、何らかの目的のための手段として、
つまり、副次的に行った行為として違法なことにまで
職員が手を出したという事実を忘れてはならないだろう。

 

内閣が人事権を持つというリスク

会計検査院法だが、第一条はこうなっている。

 

会計検査院は、内閣に対し独立の地位を有する。

 

しかし、第三条はこうである。

 

会計検査院の長は、検査官のうちから互選した者について、内閣においてこれを命ずる。

 

会計検査院も行政のなかの一部署と考えれば、当然のことなのだが、
森友・加計問題のように、総理大臣が関係している疑いがある場合、
これでは問題である。

 

ちなみに、日本では、より独立していなければならない司法の長である
最高裁判所長官内閣の指名により天皇が任命すると憲法で
定められているが、実質的には内閣で決めるわけで、
これは会計検査院以上に問題かもしれない。

 

つまり、総理大臣が独裁体制を好む場合に、歯止めが利かないのだ。

 

財務省の文書改ざんを指示した佐川氏が、国会答弁を評価されて、
国税庁長官に抜擢された人事は記憶に新しい。

 

だが規則は所詮、規則以上ではない。

 

つまり、いつでも時の権力者によって変えられる可能性がある。

 

問題はもっと深いところにあるのではないだろうか。

 

アメリカ合衆国との比較

幸い、僕たちは現在、非常に参考になる事例を知っている。

 

それは、合衆国のトランプ大統領である。

 

大統領就任当初に大統領が入国制限を行ったが、
これをハワイ州の裁判所が違憲として、認めなかったのは
記憶に新しい。

 

また、合衆国の憲法には違憲立法審査権の明文規定が
ないにもかかわらず、司法がこの権利を主張して
認められているのだ。

 

アメリカの連邦裁判官の任用の仕組みと日本のそれとは
表面的には似ている。

 

最高裁長官と陪席判事を指名し、任命するするのは
大統領だが、任命には上院による助言と同意が必要とされる。

 

このチェックは厳しく、アメリカでは大統領の候補指名が
挫折することもあった。

 

それに対して、日本では国会両院の同意は必要だが、
実質上、形式的なものにすぎない。

 

国民が最高裁判所判事について投票で〇とか×とか
つけるが、ほとんどの人は名前もしらない。

 

報道は判決の報道の際に、裁判官の名前を
事件と同じ大きさで知らせるべきではないかと
いつも思っている。

 

まとめ

 

僕は、本当に大事なことは、
財務省がなぜ文書改ざんを行ったか
知ることであり、

 

政党という小さなムラに所属した議員は、
必ず党の方針通りに投票しなければならない
馬鹿らしさのもとになっている状況を
なんとかするべきだと思う。

 

これは、日本人一般が、人と同じでないと
不安を感じるという気質を持っていることから
直さなければならないので、非常に難しい
問題だろう。

 

しかし、議員数を得て、与党となれば、基本的に
法案が通り、野党提出の法案は通らないと
いうような状態では、国会での審議など
茶番だし、時間の無駄である。

 

かくして、国民の心は政治からだんだんと
遠のいていく。

 

その結果は、全体主義という流れに、
飲み込まれていくということなのかもしれない。

 

参考記事:

最高裁長官の選ばれ方

 

20180620 by okkochaan