教員の雇い止めから透けて見える日本の労働問題

先日、横浜の私立高で非正規雇用(臨時教員)の多くの雇い止めがあることが報じられていました。

 

学校法人橘学苑が運営する中高一貫校で、非正規雇用の教員の雇い止めが相次ぎ学苑側は昨年度までの6年間で72人が退職したとしているとし、複数の学校関係者は退職者は120人近いと訴えているそうです。(共同通信の記事より)

 

労働契約法は5年を超えて雇用されている労働者が無期雇用を希望した場合、雇用者はそれを拒むことが出来ないと定めていますが、2018年はその5年目にあたる年でした。

 

橘学苑を例にとると、雇い止めが始まったのが、労働契約法が成立する前の2012年ということになりますが、2012年にはすでに早稲田大学など、この法律の動きを察知しての対策が始まっていますので、このニュース記事は労働契約法が背景にある可能性はきわめて高いと思います。

 

しかし、仮にそうだとしても、この問題には、単に学校が法令違反(この場合は、労働者である教員の契約更新の期待値が高いことが証明されれば雇い止めは無効になる可能性があります)をしているから問題だということでは片付けられない複雑な背景があるように思います。

 

労働契約法の5年ルールをめぐっては、主に大学で大きな問題となってきましたが、この記事では、問題のおおまかな流れとその背景にある日本の労働問題について書いています。

 

改正労働契約法のポイント

始めに労働契約法の改正のポイントを簡単におさらいしておきます。

 

ポイントは3つであり、労働契約法の条文では18条から20条までとなります。

 

無期労働契約への転換(18条)

同一の使用者との間で、有期労働契約が通算で5年を超えて繰り返し更新された場合は、労働者の申し込みにより、無期労働契約に転換します。

目的:有期労働契約の濫用的な利用を抑制し、労働者の雇用の安定を図ること。

 

「雇止め法理」の法定化(19条)

有機労働契約は、使用者が更新を拒否したときは、契約期間の満了により雇用が終了します。これを「雇止め」といいます。雇止めについては、労働者保護の観点から、過去の最高裁判例により一定の場合にこれを無効とする判例上のルール(雇止め法理)が確立しています。

目的:雇止め法理の内容や適用範囲を変更することなく、労働契約法の条文化をすること。

*雇止め法理の例

①過去に反復更新された有期労働契約で、その雇止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できると認められるもの

②労働者において、有期労働契約の契約期間の満了時にその有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められるもの

 

不合理な労働条件の禁止(20条)

同一の使用者と労働契約を締結している、有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることにより不合理に労働条件を相違させることを禁止するルールです。

目的:有期契約労働者については、無期契約労働者と比較して、雇止めの不安があることによって合理的な労働条件の決定が行われにくいことや、処遇に対する不満が多く指摘されていることを踏まえ、法律上明確化するため

引用:厚生労働省「労働契約法改正のあらまし」

 

さて、上記の骨子からみると、少なくとも有期契約労働者にとって改正労働契約法は不利な法律とは思えません。

 

しかし、冒頭で書いた私立高に見られるように、この法律が施行されて5年目にあたる2018年4月1日の前に、非正規雇用者からの無期労働契約への転換を阻止するために多くの雇止めが行われているようです。

 

ちなみに無期労働契約へ変わるという意味ですが、原則は有期契約労働と同条件であり、正社員になり条件があがるということではありません。

 

正規雇用者と非正規雇用者の埋まらない格差

あらためて、労働契約法の18条から20条の変更点をみると、18条と19条は雇用の安定についての変更であり、20条は労働条件(待遇)について定めていることがわかります。

 

これらは、働き方改革関連法での変更点である同一労働同一賃金にも直結している問題です。

 

しかし、この改正労働契約法の一連の騒ぎで改めて明らかになったのは、正規雇用者と非正規雇用者の格差の問題ではないでしょうか。

 

正社員とパート社員との給与の違いは容易に想像できると思いますが、学校においても全く同じ構図があります。

 

たとえば、大学教授と非正規の教員との間には10倍ぐらいの収入の差があります。

 

もちろん、仕事の質や量の明らかな違いがある場合もあると思います。

 

また、教える能力と学者としての能力はイコールではありません。

 

しかし、実際の能力(教える能力も学者としての能力も)に違いがないばかりか、どちらも教授より秀でているケースもあるのではないでしょうか。

 

それは、同一労働同一賃金の原則に照らしてもおかしいし、既得権にあぐらをかいている無能の集団を作り出しているかもしれないのです。

 

また本当に能力がある人は、日本を離れていってしまう頭脳流出も加速するのではないでしょうか。

 

日本の大学の評価が年々落ちていることと、このことは無関係とは思えません。

 

そして、古い革袋に新しい酒を入れることは出来ません。

 

そもそも同一労働同一賃金という言葉には、非正規雇用者が正規雇用者に比べて下位の存在、という考えがベースに根強くあり、それは世間一般でも支持されているように思えます。

 

それは、裏を返せば正規雇用者の根拠のない「自信」の表出であるかもしれません。

 

正社員で真面目に1社に尽くす犠牲の対価として手に入れた既得権でもあるので、これを死守したいという感情が動いています。

 

ですが、非正規雇用者の割合も5割に達しようとしていること、会社はいつ倒産や合併で変わるかもわからないことは、正社員にしがみついていても、引きはがされる危険が常にあることを示しています。

 

つまり、いつ職を失っても生きていけるという真の実力が必要な時代になっているという事ではないでしょうか。

 

正規雇用者と非正規雇用者の格差が埋まらないのであれば、非正規雇用者は正規雇用者になるか、独自の道を進むかしかないからです。

 

仮に非正規雇用者のまま、無期労働契約に転換したとしても、収入が増えるわけではないのですから。

 

 

法律と法人のニーズの齟齬

このように、雇用安定法による無期労働契約への変換は、非正規雇用者を保護しようとしての立法であったのに、雇い止めを誘発し、非正規雇用者に不利な状況を作り出してしまったという弊害があります。

 

日本の教育は、良い大学に入って、良い会社に入ることを目的としており、非正規雇用者がこれほど多くなることを予定していませんでした。

 

しかし合理的な経営を考えれば、人件費はコストに外なりません。

 

そのコストを抑えるためにパートタイマーという独自の制度を作り出し、今やその時給も他国と比べて極端に低く抑えられています。

 

会社を家長制度とか藩とかの延長上に考える思考のなかでは、この理屈は通るかもしれませんが、それもあちこちで破綻しています。

 

最近の話題でいえば、セブンイレブンなどコンビニ経営が行き詰まってきていることがあげられます。

 

全国展開をしている企業が、地方でのアルバイト採用をするときに、もっとも信頼できるデータは、最低賃金などではなく、コンビニ店員の時給の相場です。

 

コンビニ店員の時給は多少の上昇はしているものの、海外の標準時給は、日本の1.5倍ぐらいにあたるということです。

 

また非正規雇用者への偏見がここでもあると思いますが、コンビニの仕事は決して簡単でも楽でもありません。

 

レジだけ考えても、各種のカード対応、宅急便の手配、各種振り込み、コンビニ振り込みなど、単純な商品を決済する業務以外に雑多で細かな対応をしなければなりません。

 

これは、ある意味、スーパーマン的な対応を求められていると言えるし、日本はサービス業についてはお客様に対しての過度に行き届いた対応を店側も客側も要求しています。

 

おまけにコンビニの経営は苦しく、休みは自由にとれないし、時給は安く抑えられていて慢性的な人不足という過酷な環境なわけです。

 

これだけのコンビニ経営者を含んだ犠牲の上になりたっているサービスを24時間強いるのは無理がありすぎると思います。

 

少し整理すると、

 

1.日本の非正規雇用者の労働事情の背景には身分制度に近い暗黙の差別があること

2.同一労働同一賃金とはほど遠い実態があること

 

の2点が問題だと考えます。

 

一方で、経営側からみれば、コストは出来るだけ下げたいわけですから、賃金はあがったとしてもごくわずかばかりです。

 

こうした状況で、労働契約法の5年ルールが始まったわけです。

 

ビジネスが順調に伸びていれば、経営側としては非正規雇用者を非正規のままで長く雇用したいと考えます。

 

しかし、無期労働契約への変換となれば話が違うということになります。

 

無期労働契約への変換のリスクと、人が変わることによる損失を計りにかけたときに、代替者の確保がある程度見込めれば、雇止めをしたいというのが本音なのでしょう。

 

また大学での研究職については、労働契約法の特例として、5年ではなく10年が認められています。

 

これは山中教授の発言が発端で、研究職員が5年で切られてしまう(大学側が雇止めを行う)と、研究に支障がでるとの意見が認められたからだそうです。

 

それならば労働契約法に従って5年経過後に無期限にすれば良いのではないかと思うわけですが、それが簡単に出来ないのが現在のほとんどの大学のようです。

 

しかし、この10年の特例も、大学側が労働契約法の期限を5年でなく10年だと拡大解釈しての不毛な争いを引き起こしてしまいました。

 

現在は、大学側の主張が認められずに敗訴していっている状況です。

 

そもそも大学側は、非正規職員に対して、契約の上限を特に設けず、70歳までは働けるという暗黙の了解で扱っていました。

 

ところが、労働契約法の成立で、にわかに身を守る必要に迫られ、雇止めを助長しているという皮肉な結果になっています。

 

そして、これらすべての背景には、非正規雇用者に対する根強い偏見があると僕は考えています。

 

つまり、ほんの少しでも、正規雇用者の方が非正規雇用者より上位にあると思うことが偏見だということです。

 

これらは、無駄なストレスを生み、事象を観る眼を曇らせるだけだと思います。

 

法律が先行しても、そのベースの考えが変わらなければ、逆効果もあるという事例ではないでしょうか。

 

 

20190415 by okkochaan