まっすぐな道

こんにちは、おっこちゃんです。

 

僕は両性具有に興味をもって、いろいろ調べてみました。

 

そして、両性具有とは性同一性障害とは全く異なるものであるとの
認識にいたり、記事も書きました。その記事については、ブログ下部に
リンクがありますので、ご興味あればお読みください。

 

ところが、ここにきて、インドに何百万もいるというヒジュラと呼ばれる
人たちがいること、その方々は、男でも女でもない、第3の性であること、
そして、2014年2月には、インドの最高裁判所も認めていることを知り、
僕は自分の狭い視野をガツンとなぐられたようなショックを受けました。

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そのご近所のネパールはもっと進んでいて、政府は立法により、
両性具有者、同性愛者、両性愛層の権利を守る義務があると、
正確ではないですが、数年前に決めており、身分証明書にも
その欄があるとのことです。

 

これをお読みになっているあなたも、このような経験はありませんか?

 

自分がそれまで信じていた価値観について、違和感があることがあり、
それについて調べて、自分なりに落としどころというか、納得感が
得られたと思った矢先に、それをあざ笑うかのように、ずっと進んだ
事実があり、混乱してしまうといったような経験です。

 

わかりやすく言うと、他の情報が全く入らない環境で、野球ってこうだよねと
思って、自分の生活範囲では自他ともに認めるNo.1のプレイヤーに
なったつもりでいた人が、突然ワープとかタイムスリップとかして、
大リーグの試合のど真ん中に入り込んでしまったようなことです。

 

似たような道具でプレイしているけれども、あまりにもレベルが違うし、
第一、この大勢の観客やスタジアム(彼は草野球ぐらいしかしていない)
のなかに放り込まれた状況です。

 

似ていても、全く異なるものと、その時、認識するのではないでしょうか。

 

昔、戦国自衛隊という半村良さんの小説がありましたが、それは確か、
自衛隊員が演習中にタイムスリップして、関ヶ原の合戦のど真ん中に
いってしまうという荒唐無稽な話でした。

 

ですが、現実にはこのようなことは、多数おこっているというのが、
事実ではないでしょうか?

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おそらくは、ヒジュラの方々は、カースト制により身分差別が厳しい社会が
あったればこそ、逆に権利を主張し、認められたのだと思います。

 

ただ、ヒジュラはカースト外である、つまりカーストの範疇に属さないという
ことが確認されただけで、実質上、人間として認められたということとは、
少し違う気がします。

 

もちろん、存在が認められたのですが、現実に仕事につけなかったり
するという不利益を受けていて、それがまた、ヒジュラ同士で集落を
作ったりして独自の社会を形作っています。

 

現実に旅行すると、しつこくお金をせびられたり、お店に頻繁に現われ、
店主は退散してもらうために、わずかなお金をあげたりしているようですが、
それでも何度も何度もくるので、利益が損失されるようです。

 

ヒジュラにおいては、僕がブログに書いたような、両性具有と
性同一性障害の区別がわからないのですが、こうした発想そのものが、
希薄にも思われ、ここでも、価値観の違いを強く感じます。

 

つまり、そうした区別はどうでもよくて、実際に医師の検証などは不要で、
ネパールでは単に申告のみで、性を選べる(しかも3択)わけです。

 

日本や韓国、中国など、儒教の考え方が根強い国々においては、
男女の区別は厳格です。家督を継ぐときに、性別は大きなファクターに
なっていたし、生まれた順番もしかりだからです。

 

西洋ばかりを見ていると、だれそれが、性同一性障害をカミングアウトした
というニュースばかりに踊らされますが、カミングアウトの発想は、あくまで
二択(男か女か)であるのに対し、第3の選択があるインド・パキスタンの
考え方は、今後、参考にしていく必要があるかもしれませんね。

 

何しろ、ゼロを発見した民族なのですから。

 

以上、おっこちゃんでした。